661 / 961
揺れる1
○ ● ○
「どこ行こっか〜、蓮くん!」
隣を歩く姫野がニコニコしながら顔を覗き込んでくる。
こうして見ると胸の薄い女のようだ。だがこいつは男。しかも何股もかけている。
間宮と仁が数人ごとの別行動のきっかけを作りやがったから、非常に恨みたい気分だ。そうでなければ俺はこの状況に陥っていない。
「あのさ、こういうのやめてくれよ」
俺が足を止めると、姫野も止める。そして俺を見上げてきた。
臆病で、引っ込み思案で、天然で、一生懸命なあの子と、姿が重なる。
「俺は本当に渡来が好きなんだ」
姫野がどれほど俺に本気なのかはわからない。そもそも真面目に俺のことを好いているかも定かではない。
しかしたとえそうであっても、対応は誠実であるべきだ。
姫野は俺のことを見上げながら、微笑んだ。これまた綺麗で、整った笑み。
「相手がいたって想いは変わんないよ。蓮くんなら……わかるでしょ?」
「姫野……」
「蓮くんはあいつを好きでいて。でもボクはアプローチをやめない」
最後にこてんっと首を傾げると姫野は歩みを再開した。
表情はいつも通り作り物だった。だが想いは本当なのかもしれない。そう感じさせる声音であった。
「ところでどこ向かってんだ」
「えー、決めてないよ〜」
普通に話しかけたら、姫野も普通に返してきた。
「おい、それくらい決め……」
俺の言葉は最後まで続かなかった。理由は子供の泣き声が場に響いたからだ。
出どころはどうやら小児用プールゾーン。男の子がこけてしまったらしい。わんわん大声で泣いている。しかも保護者は近くにいないようだ。
助けに行かなければと走り出そうとしたら、その前に俺の横の存在がいなくなる。
ともだちにシェアしよう!