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透明の恋慕8
「腹減ったなぁ」
松村くんがポツリと呟く。その言葉は時間の経過をよく表していた。
あのあと全種類のスライダーを制覇し、各々が一番楽しかったやつに何回か乗ったり、はたまた流れるプールに挑んだり、とにかく遊び尽くした。
午前からここにいて、途中軽くお昼も取った。そしてまた遊んで、もうお腹の空く時間だ。
人の数も少しずつ減少していっている。
「昼少ないっちゃ少なかったしな」
「もう遊び尽くした感あるし、帰る〜?」
清水くん、凛くんと続く。その言葉にみんながバラバラと頷く。
午前からいたのだからもう十分遊んだ気分だし、実際そうだ。それに夏休みではないのだからあまり疲労を溜め込まないほうがいいだろう。
「んじゃー帰るかー」
最初の頃より多少勢いのなくなった松村くんが言う。そして全員で出口に向かった。
「渡来、楽しかった?」
「清水くん。うん。楽しかったよ」
「ならよかった。今度は俺と二人でウォータースライダー乗ろうな」
「あ、えっ……と」
清水くんがやたら輝いている笑顔で僕を覗き込んでくる。それからぎゅっと手を握ってきた。
前の僕ならいいよってすぐに言っていただろうけれど、今は流石にためらってしまう。
「はーい、清水くんやめてー」
「あー! 浮気現場発見!」
すると颯太が僕と清水くんの間に割りこんだ。それと同時に姫野くんからは指差される。
「亜樹は俺のもんだからダメですー」
「蓮くん何やってんの!」
「うるさいな! 渡来と今日全然喋れなかったんだからいいだろ、少しくらい!」
両側からの非難に清水くんは怒声を上げる。
「亜樹に何するつもり?」
「何もしねーよ!」
「蓮くん浮気はよくない!」
「お前と付き合ってねーし!」
颯太も姫野くんも清水くんをからかうのが楽しそうだ。いや、姫野くんの場合は本心なのかも知れないけれど。
思わず僕が吹き出してしまう。
松村くんや仁くんも呆れたように笑っていた。
「あーもう、俺はいつ解放されるんだ……」
清水くんの悲しげな声は、夕焼け空に吸い込まれた。
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