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Crush crush 1
「あー疲れた」
ゼミの活動が終わって、啓二が伸びをする。
確かに四限を終えてから結構な時間、活動をしていた。もう外は暗い。
「菊田〜、飯行こうぜ」
「あーそうだな。柊も行くだろ?」
「……ああ」
「どこにすっかー」
「とりあえず外向かいつつ考えよーや」
啓二と他のゼミのメンバーが場所を相談しつつ片付けを始める。僕も片付けだす。
啓二と仲良くなってから、誘われたら用事でもない限り毎回了承するようになっていた。だからこうして啓二と仲のいい人と出かけることも増えてきた。
逃げてはならないことくらいわかっているが、どうにもできなかった。
全員の片付けが終わって、教室を出る。
「柊はどこがいい?」
「啓二に任せる」
だいたい二人ずつほどに並んで廊下を歩いていく。啓二は僕の横についた。
「そういやさ、なんで柊って俺のこと啓二って呼ぶの?」
「駄目か?」
「いや、じゃなくて。俺って菊田としか呼ばれないから」
啓二は不思議そうに問うてくる。
最初の頃は啓二と呼ばれることに照れていたようだが、今やすっかり慣れたみたいだ。僕も僕で啓二と口に出して呼ぶことに慣れきった。
その事実は酷いくらいに、それほどの時間が経ってしまったことを肯定している。
「……苗字がずっと嫌いだったんだ。だから人のことも名前で呼ぶ癖がついてしまった」
「まじで? 九条が嫌だったのか」
「ああ……そうだな。そういう感じだ」
啓二が目を丸くする。それに僕は曖昧に返した。
九条と久我の複雑な事情を話すには時間がかかりすぎる。その上、後継ぎ関係のことはあまり人に喋ってよいことではないはずだ。
「ふーん。ま、俺は柊が呼びやすいなら何でもいいから好きに呼べ」
「ああ」
啓二は無理に突っ込んでくることはなかった。こいつは事情を全て話さずとも仲良くしてくれる。そんな人間だ。
だから居心地がいい。誠也と、似ている。
あの温かさが感じられるのだ。
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