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Crush crush 4

「……啓二」 「どうしたんだよ、そんな急いで」 そこにはなぜか啓二がいた。啓二の家は少なくともこの周辺ではないはずだ。 「お前こそなぜ」 「いやー、駅で別れたろ? そのあとたまたま知り合いに会って喋ったあと、つい電車間違えてさ。面倒だからここら辺に住んでるやつんち行こうかって」 「そうか」 今は啓二の阿呆さ加減に笑うこともできなかった。 「柊は何かあったのか?」 啓二は先ほどの明るい声音とは違い、笑顔のまま真面目な声音になった。気遣いの仕方が僕には合っている。 弱った心にはそれが染み渡った。 「……泊めてくれないか」 「俺んち?」 「ああ。今日は……帰りたくない」 「帰りたくないって、一人暮らしだろ?」 「……頼む」 啓二の顔は見られなかった。だが可笑しそうに笑っていたのが、すぐに真面目な顔つきになったのは、空気で察することができた。 「わかった。今なら終電間に合うかもだし行くか」 「ありがとう」 二人で並んで歩き出す。 何も事情を話せない狡い人間なのに、啓二は優しい。その全てが有り難かった。 今日は啓二の家に泊めてもらって、頭を冷やそう。お互い一旦落ち着いた方がいい気がする。それできちんと話し合いたい。 幸い明日は休日だ。 「柊」 だが僕は腕を引かれる。 力が強すぎて痛い。加減を知らない掴み方。 いつもの、力。

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