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未来と夢3

「亜樹、おかえりー」 「ただいま」 自分の席へ戻ると颯太が小声で言ってくれる。 そんな小さなことにも嬉しく思ってしまうのだから、僕はどうしようもない人間だ。やはり僕には颯太が必要なのだと実感する。 「どうだった?」 「んー、普通だったよ」 「そっか」 颯太も僕も周りに迷惑をかけない程度に小声で喋る。颯太は僕の頭を優しく撫で、その手を頬に下ろした。 しかし温もりはすぐに離れる。不思議に思って瞼を開ければ、颯太は少し強張った表情を見せていた。 「あのさ……亜樹」 「なに?」 「亜樹の志望校って……どこなの?」 どきりと心臓が脈打つ。 今までうまく避けてきた問い。 だがよく考えてみれば颯太は僕の前の志望校も今の志望校も知らない。 一番学力が上のクラスだから、ある程度偏差値は絞れるくらいだろう。 まあ今の僕の志望校は本来ならこのクラスの人間が志望するところではないのだけど……。 ただ聞かれて答えたからって何か悪い状況になるとか、そういうわけではない。 僕は口角を上げ、微笑んだ。 「S大だよ」 「……そうなの? なんか意外」 「家から通えるから」 「……確かに、そうだね」 違和感を見せた颯太の顔は、すぐに笑顔へと変わる。 「じゃあ大学生になっても一緒だ」 「……うん」 恋人の綺麗な笑みは僕の胸を打つ。 うん。いいんだ、これで。 僕らにとって一番幸せな道。これ以外に、何もない。 「お互い、頑張ろうね」 「うん、頑張ろうね」 颯太が僕の両手を握る。僕はその手を握り返して、力を込めた。 一歩。一歩。また一歩。 確実に進む未来。確実に遠のく二人。 見つめあった僕らの笑顔はどこまでも美しい。 その事実に僕は、気づくことができなかったのだ。

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