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未来と夢5

「ちょっとトイレ行ってくるね」 「うん」 颯太の手を堪能したあと僕は告げる。 颯太に軽く手を振って、ぱたぱたと教室を出た。 教室を出た途端、冷房の恩恵がなくなる。すっかり夏だ。汗が滲んでくる。 さっさと用を済ませて教室に帰ろう。 僕は早足で歩きだす。 「あっ、亜樹先輩」 「あれ、仁くん」 歩き出して間も無く仁くんとばったり会う。 久々に見た仁くん。久々といっても限度はあるから、特に変わった様子もないけれど。 「偶然会えるなんて幸せです」 「久々だね。……でも、あの」 「え?」 目の前の仁くんはいたって普通の顔。だけど僕は壁に追い詰められている。 ばったり会ったと思えば、あれよあれよと壁に誘導されてしまったのだ。自分でも何が起こったかよくわからない。 なんて手際の良さだろう。そう感心している場合ではない。 申し訳なさを感じつつ仁くんの肩を押す。 「近いから……」 「久々に会えたんだからいいじゃないですか」 「よくないって。離れて」 「受験近づいてるからって気を遣ってるんですよ? これくらい許してください」 仁くんの瞳が僕を射る。その光は鋭敏で、今にも僕をとって食ってしまいそう。 肩を押してもびくともしないし、さらに迫ってくる。その右手が僕の腰を戯れのようになぜた。 「ちょ、仁くん……」 「亜樹先輩って志望校どこなんですか?」 「い、言わない……」 「言わないと離さないですよ」 「うっ……」 仁くんの戯れはまだ続いているけれど、話題は真面目なもの。目の前の彼は、僕が志望校を言えば付いてきてしまうかもしれない。 清水くんから後々聞いたけど、仁くんは頭がいいらしいし。 「い、家から通えるとこだよ……」 「えっ」 「え?」 渋々濁して言えば仁くんは頓狂な声をあげる。それは妖艶な色のない、素直な声だった。 「亜樹先輩の学力レベルにちょうどいいところ、通える範囲になくないですか?」 「……仁くんは僕のことどこまで知ってるの」 「亜樹先輩のことなら何でも」 「怖いって」 ぞくりと悪寒が走る。 僕の学力レベルまで把握済みとは、どんな情報網を持っているのだろう。 「てか結局どこなんですか?」 「どこかだよ、どこか」 「うーん、ひょっとして俺から逃れるために嘘ついてません?」 「ついてないって」 「でも家から通えるって……。ううん、辻褄が合わないというか、メリットないというか。えー……亜樹先輩の選択としては違和感あるというか」 「仁くん……」 ぐさり、ぐさりと言葉が刺さる。 仁くんは口元に手を当てて考え込んでしまう。だが今の言葉は全て演技した風のない素直なものだった。 元からSっ気があるのだろう。だからいつもの迫り方なのかもしれないが、今のこればかりは素だ。 そこまで付き合いが深いわけではない。だから気にする必要などないのだ。 的外れな意見の可能性も十分にある。 だけど僕は、 「仁くん、離して……」 ふるふる首を振り、仁くんの肩を改めて押す。 仁くんはハッとして僕を見た。 「ああ、駄目です。志望校はまた今度にしておきますから、とりあえず今は楽しみま」 「何してんの、後輩くん」

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