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祭り囃子の風が吹く11
「凛に手出すな」
「何だよ、お前」
お兄さんの言葉に答えないたかちゃん。片手で器用に食べ物を持ち、もう片手でポケットのあたりを探る。
「クリーニング代」
ぶっきらぼうに言って、お兄さんの手に二千円を押し付ける。それからおれの手を引いて歩き出した。
少し早歩きであっという間に人々が過ぎていく。
屋台の並びから逸れ、人の声が遠い林道に出た。石のベンチがいくつか並んでいる。
その一つにたかちゃんはおれを掛けさせた。
「ごめ、ごめん……たかちゃ……」
「あんな凛がつけたかもわからない汚れで騒ぐあいつが悪い」
たかちゃんは自分の持つ食べ物をビニール袋に一旦しまう。おれの手からもするする取っていって、別のビニール袋にしまった。
それから腕を引いておれを立たせる。
次の瞬間にはたかちゃんの胸の中だった。
「たかちゃん……」
「ごめん。早く助けてやれなくて」
「たかちゃんは悪くない……」
ぎゅうっと強く抱きつくと、それ以上の力で抱き返される。逞しい腕に、胸に、慣れたたかちゃんの香り。
すごく安心する。
たかちゃん。おれの恋人。かっこいいたかちゃん。頼もしい、たかちゃん。
頭を撫でられてそっと顔を上げる。
涙に濡れたおれの目元に、たかちゃんの唇が降りてきた。徐々に下へ向かうそれは、とうとうおれのものとぶつかる。
優しくて温かいキス。
心地よくておれは何度も強請った。その度にたかちゃんは返してくれる。
気も済んだ頃におれとたかちゃんはやっと体を離した。石のベンチに並んで腰掛ける。
その距離はゼロにした。今ばかりはゼロがいい。
たかちゃんは何も言わない。
「冷める前に食うか」
「うん」
今日のたかちゃんは、この世で一番かっこいい男だ。
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