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祭り囃子の風が吹く18
「俺もチョコバナナ食いたくなってきたわ」
俺の一言に姫野は顔を上げる。潤む瞳は何回か瞬きを繰り返した。
「じゃあさっき買えばよかったのに」
そしてその口元は弱々しい笑みを描く。
「さっきと今じゃ気分が違うの。ほら、行くぞ」
俺は姫野の腕を引いて、また祭りの光へ戻っていく。藍色の世界より、月明かりより、断然輝いて見えた。
「じゃあ、今度こそ蓮くん奢って?」
「やだね」
「え〜、けち!」
姫野は言いながら俺の手をさりげなく外そうとした。俺は逆に強く掴んでやる。跡になってもそれは知らない。
姫野に気づかれないように顔を窺うと、唇を噛み締めていた。姫野はすぐに俯いて軽く目元を拭う。
「逆に俺に奢れ。付き合ってやってるんだから」
「何それ〜! 蓮くん、カッコ悪いよ!」
「お前に言われたって悔しくない」
戯れに姫野を睨んで見ると、頬を膨らませて返してくる。
これだって十分作られた表情だ。それでも先ほどのものより全然いい。これが姫野だ。
チョコバナナの屋台を見つける。姫野の腕を離して金を出し、二本買った。
片方を姫野に差し出してやる。
姫野はその大きな瞳をさらに大きくしている。
「今日だけだから」
「……ありがとう」
「……っ」
ふわりと、花が咲く。
いつもより静かで、いつもより少し高くない声。前に子供に向けた時のような、自然な笑顔。
そして今日の全てが詰まったような、ありがとう。
珍しいものを見てしまった。
「……あ」
素直にチョコバナナを受け取った姫野の視線は、すぐに空へ吸い寄せられた。
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