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綻び5
母さんが何か頼んだのかもしれない。
そう思って僕は玄関のドアを何の気もなしに開けた。
「……っ」
思わず息を飲む。
颯太だった。颯太が、いる。
「よかった。風邪ではないんだね」
僕の姿を見た途端、颯太はふわりと微笑む。
まさか心配して家まで来るとは。予想外すぎて思考が停止しかける。
「あ……うん、風邪じゃないよ……」
「亜樹のことだから迷惑かけまいとしてるのかなって」
颯太の笑みはキラキラと眩しい。普段の僕なら嬉しくて頬の筋肉が緩みそうだ。
「えと……とりあえず、入って」
「ありがとう」
僕の半端な返事のせいで、颯太を部屋に招かざるを得ない状況となってしまった。風邪っぽいとか言えば帰ってもらえたかもしれないのに。
そうやって考えてしまう自分が痛くて、悲しい。
颯太を避けてしまうこの状況も、僕自身も、全部、全部、いやだ。
「勉強の予定詰まってた?」
「え?」
「だから無理だったのかなって」
「あっ……うん。そうなんだ、ごめん」
もう慣れた足取りで颯太は僕の部屋に行く。運良く僕に背を向けてくれているから、表情の変化には気づかれていない。
颯太が定位置の方へ向かう。そのまま座るだろう。
なら僕は飲み物でも取りに行こう。
一瞬顔を下げ、上げた。
目の前に、颯太の手。
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