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綻び7
ハッとして顔を上げる。颯太は驚いた顔をしていた。もちろんその表情には傷つきも含まれている。
それでも颯太は大人だった。
だってふわりと笑うのだから。
「ごめん。勉強があるんだもんね。俺、帰るから」
「……あ……」
颯太はそう言って僕に背を向けた。
伸ばしたかった手は、どう頑張っても動いてくれなかった。開けたかった口は、小さな一言を漏らしただけだった。
背中が見えなくなって、ドアの閉まる音がする。
「……颯太」
やっと出せた愛しい人の名は、決して届かない。
気づけばぽろぽろと涙がこぼれていた。
どうしてあのようなことをしてしまったのだろう。僕の問題なのに、どうして颯太が傷ついてしまったのだろう。
何がいけなくて、何が問題か。
そんなの全部、僕で。
キリキリと胸が締め付けられる。じわじわと圧迫感が喉元に迫ってくる。
颯太に謝らなきゃ。でも体は動いてくれない。だってまた颯太に会っても、同じことをしてしまうかもしれない。
「ただいまー。今颯太くんとすれ違ったわよ」
すると玄関の開く音と、誰かの足音が聞こえ始める。母さんみたいだ。
「相変わらず仲良い……」
涙を拭く気力もなかった。
しとどに顔を濡らした僕と、仕事帰りの母さんが鉢合わせる。母さんは一瞬驚いた顔をしたようだった。
でもすぐに微笑んで、僕に近づく。
「ご飯今日は私が作るから、亜樹は部屋で待ってなさい」
「……うん」
肩に置かれた手が温かい。さらに溢れる涙とともに、僕はしわがれた声で返事した。
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