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読めぬ心と体育祭9

そして最初に顔を上げたのは──姫野。 大福を口に咥えたまま、ゴールラインへ一直線へ駆けた。真っ白の顔で、瞳を輝かせ、姫野はゴールする。 両腕をグッと真上に伸ばして、姫野は勝利を歓喜した。 俺は呆然とその様を眺める。 あの姫野がそこまで必死になるなんて、信じられない。 普段から誰かに甘えたり、誰かに頼ったりしているイメージだ。 ゆっくり瞬きをして、改めて姫野を視界に入れる。 もぐもぐと口を動かしながら、姫野は彼氏たちに顔を拭かれている。白い顔が肌色に戻っていくなぁ、とぼんやり見つめていると。 「……っ」 目が合った。 姫野は途端、更に目を輝かせた。周りの彼氏たちに笑顔で何か言うと、一心に俺の元へ走ってくる。 「蓮くん!見ててくれたの!」 あっという間に目の前に来た姫野は、ニコニコと俺を見た。ぎゅっと両手を握られる。 「……ああ。めっちゃ必死だったな」 「蓮くんのために頑張ったんだよ!」 「何言ってんだ」 両手をそっと外しながら、へらりと笑う。 姫野は上目遣いで俺を見ている。その表情は本当に嬉しそうだった。 汗が一筋、上気した姫野の頬を滑り落ちる。 「温泉旅行行きたいもん!」 「……お前なぁ……」 グッと息が詰まる。絞り出した声は乾いてざらついていた。 右手で拳を作る。 違う。心の中で呟いた。 「つーか俺、トイレ行く途中だから」 「えっ、何それ!ひどーい!」 「うるせ」 ぴーぴー喚く姫野を背後に、俺は今度こそトイレに向かった。

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