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霞5

「兄さんだって見たいんじゃないの。亜樹先輩のこと好きなんだから」 「可哀想だろ」 仁はじっと俺を見つめる。俺も目をそらさない。 仁を利用して何かするのは、渡来に申し訳ないし、間宮にだって失礼だ。それにこれ以上みっともない行為は重ねたくない。 「ふーん……なるほどね。そういう理由か。つまんないなぁ」 「どういうことだよ」 「まあ、兄さんは向いてなさそうだし、いいんじゃない?さっさと行きなよ」 仁のよくわからない言葉に俺は眉をひそめる。 昔からこいつはどこか聡いところがある。俺の何かを悟ったのか。今回は俺自身がわかっていないことを。 そんなの、どうでもいいことだ。 「行くのはお前の方だよ」 「うわっ」 「大縄だろ」 渡来から仁を引っぺがして、その背を押す。 仁は二人三脚の次の大縄跳びに出る。まだ二人三脚が始まっていないから早いが、追っ払うにはちょうどいい。 それをわかっているのだろうが、「はいはい」とめんどくさそうに返事をして、仁はその場を去っていった。 「清水くん、ありがとう」 「いや、ごめんな。うちの弟が」 「ううん」 渡来は言葉を切る。しかしまだ俺を見ていた。 「ん?」 「大丈夫?やっぱり最近なんか変だよ」 「何言ってんだよ。平気だって」 そういえば前にも似たようなことを言われた。自分のことには鈍いくせに他人には敏感だ。 俺の返答に納得していなそうな渡来の背を軽く叩く。そしてその視線をグラウンドに向けさせた。そろそろ始まる。 「あっ、颯太」 「あっ、たかちゃん」 左右から同時に声が上がった。

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