779 / 961
霞5
「兄さんだって見たいんじゃないの。亜樹先輩のこと好きなんだから」
「可哀想だろ」
仁はじっと俺を見つめる。俺も目をそらさない。
仁を利用して何かするのは、渡来に申し訳ないし、間宮にだって失礼だ。それにこれ以上みっともない行為は重ねたくない。
「ふーん……なるほどね。そういう理由か。つまんないなぁ」
「どういうことだよ」
「まあ、兄さんは向いてなさそうだし、いいんじゃない?さっさと行きなよ」
仁のよくわからない言葉に俺は眉をひそめる。
昔からこいつはどこか聡いところがある。俺の何かを悟ったのか。今回は俺自身がわかっていないことを。
そんなの、どうでもいいことだ。
「行くのはお前の方だよ」
「うわっ」
「大縄だろ」
渡来から仁を引っぺがして、その背を押す。
仁は二人三脚の次の大縄跳びに出る。まだ二人三脚が始まっていないから早いが、追っ払うにはちょうどいい。
それをわかっているのだろうが、「はいはい」とめんどくさそうに返事をして、仁はその場を去っていった。
「清水くん、ありがとう」
「いや、ごめんな。うちの弟が」
「ううん」
渡来は言葉を切る。しかしまだ俺を見ていた。
「ん?」
「大丈夫?やっぱり最近なんか変だよ」
「何言ってんだよ。平気だって」
そういえば前にも似たようなことを言われた。自分のことには鈍いくせに他人には敏感だ。
俺の返答に納得していなそうな渡来の背を軽く叩く。そしてその視線をグラウンドに向けさせた。そろそろ始まる。
「あっ、颯太」
「あっ、たかちゃん」
左右から同時に声が上がった。
ともだちにシェアしよう!