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霞8

「態度悪かったと思って。ごめんな」 パンッと音が鳴ってリレーが背後で始まる。俺は気にしない。 姫野もじっと俺を見る。 その表情は理由が知りたそうでもあるし、単に混乱しているようでもある。もしくは俺が珍しく優しいからだろうか。 「……う、ううん!大丈夫だよ!」 しかし何か区切りをつけたように、すぐ首を左右に振った。 にこり。姫野の顔に花開く。 「そっか。リレー、三番目?」 「うん!」 「俺も。お互い頑張ろうな」 「うん、負けないよ!」 姫野は胸の前で拳を握る。俺がそれに笑顔を返したところで、二番目の走者にバトンが渡る。 俺も姫野もスタートラインに並ぶ。 後ろを見ると姫野のクラスの走者が先にむかってくる。流石は体育会系のクラス、と思っている間に姫野はバトンを受け取った。 タタタッと走り出す。 あまり間をおかず俺にもバトンが渡った。 強く地面を蹴る。 先に走り出していた姫野の背が近づく。 抜くことは容易だ。 「……」 小さく華奢な背中。細く白い手足。 体を目一杯使って、走る姫野。 クラスのため……、こいつは俺のためとかぬかしそうだ。 だが、いや、だから、俺はいつも通り走る。ぐんぐん姫野に近づいて、あっさり抜かす。 残すところ約五十メートルをそのまま走り抜く。 「渡来!」 そして渡来の小さな手に硬いバトンを押し込んだ。同時に遠のく渡来と、止まっていく俺の足。 他のクラスの三番手もバタバタとバトンを渡していく。姫野もそのうちの一人だ。次の人にバトンをなんとか渡し、俺の方へ向かってくる。 「抜かされちゃった!やっぱり運動神経いいんだね、蓮くん」 「一応運動部だしな」 「しかも部長!」 「そこは関係ない。てかお前が遅すぎるんだよ」 「え〜!ひどぉい!」 ぷくーっと頬を膨らます姫野に口角を上げる。 そんな俺らを太陽と声援が包んでいた。

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