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増加関数と方程式1
ブブッとポケットのスマホが震える。
よく待ち合わせに使われる像の前で、俺はそれを取り出す。
『もうすぐ着くよ!』
それは姫野からのメッセージで。まだ時間前なのだからわざわざよこさなくてもいいというのに。
俺は苦笑して『わかった』とだけ返信した。
スマホをまたポケットにしまい、前を向く。微妙に重い旅行カバンを肩に背負い直した。旅行といっても一泊二日だから荷物の量はそこまで多くない。
目の前をカップルやスーツ姿の大人が歩き去っていく。姫野の姿はまだ見えない。足元を鳩が通る。
「蓮くん〜!」
バサッと鳩が飛び立っていった。それにつられるように顔をあげれば、小さなキャリーを引いた姫野が見える。
丸襟のシャツに七分丈の細身のパンツ。男の中では可愛い方のファッションだ。
「ごめんね、待たせて」
「いや、まだ時間前だし」
「え〜蓮くん、優しい!」
姫野はニコッと笑って両頬を手で押さえる。
これから二日間こんな奴と一緒か。今さらながらあんな小さなことのために、ここまでしている自分に呆れてしまいそうだ。
試しに目の前が渡来だったらと想像してみる。うまく思い浮かべることはできなかった。
でも、その方が幸せといえば幸せなのだろう。それは確かなことのはずだ。
「……っ」
"清水くんはさ、亜樹と姫野くんどっちが好きなの?"
不意に間宮の声が蘇る。
姫野のことが好き。
そんな事実、片時も考えたことはなかった。俺は渡来が好きで、姫野はただ付きまとってくる奴。今はまあ、友人くらいに昇格したと言ってもいいかもしれない。
だが一緒にいて楽なのはやはり渡来や茂や、そう言った友人。
だから姫野を好きなどあり得ない。
「蓮くん?」
「うわっ。なんだよ」
急に姫野に顔を覗き込まれて、体を仰け反らせる。
「ぼーっとしてたから。どうしたの?」
「……なんでもない。行くぞ」
「えー!なになに!」
気になって声を上げる姫野を背に、駅に向かって歩き出した。
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