787 / 961

増加関数と方程式3

「蓮くん、見て見て!」 手を握っては開くを繰り返していると、姫野が声をかけてきた。意識をやっとそちらに向ければ、店の奥の方で俺を手招きしている。 何を見つけたのだろう。素直に近づく。 「どうした?」 「これ、すごく可愛くない?ちりめん生地のキーホルダーなの!」 「へぇ……」 思わず感嘆にも似た声が出る。 姫野が示す棚にはずらりと様々な動物のキーホルダーが並んでいた。ちりめん生地特有の素材感を生かした、素朴なデザインの動物たち。 無地のものだけでなく、柄物をうまく繋げているデザインもある。一つ一つ凝っている。 「あっ、この子看板とかにもいたよね」 「ああ。その狸、マスコットキャラなのかもな」 姫野が数いる動物の中から一匹を取り出す。それは他の動物とは毛色の異なった狸のキーホルダー。 顔はまさしくマスコットの狸のものだ。どこか眠そうな雰囲気を醸すビーズの瞳が、こちらを見つめる。 「……たぬたぬ、って名前らしいよ!」 「なんか単純だな」 「でも可愛いよ」 「なんで逆接なんだよ……」 姫野は自分の顔の高さまでたぬたぬのキーホルダーを持ち上げて揺らす。その表情は自然なもので、ふわりと嬉しそうな色をまとっていた。 無意識に頬が緩む。 「ねーぇ、蓮くん!お揃いにしてくれる?」 ふふっと声を漏らしつつ、姫野が妖しげに笑う。流し目に射られた俺はパチパチと瞬きを繰り返した。 「……なんてね!」 姫野は笑顔を引っ込めると、たぬたぬを棚に戻した。 「申し訳ないけど、ボクはみんなのものだから!」 「誰もして欲しいなんて言ってねーよ」 「とかいって〜!」 つんつんと俺を指で突く姫野を放って、俺は露店から出る。「待ってよ〜」と姫野は慌ててついてきた。

ともだちにシェアしよう!