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増加関数と方程式5
腹に思い切りぶつかってきたのはもちろん姫野。
「姫野、どうし」
「どこ行ってたの!」
姫野は俺の腹にきつく腕を回し、見上げてくる。その表情には大きな怯えが現れていた。
好きな人を落とそうとか、そういった感情は一つも見えない。
まるで親とはぐれた小さな子供のようだ。
尋常でない怯え方に驚いて思わず固まってしまう。
「蓮くん、いないって!ボク……!」
「ひめ、」
「急に……!急に消えちゃうからっ……」
「姫野、落ち着け」
怯えすぎて涙も出ない姫野。目を見開く彼の肩を掴む。
俺の手の感触で少し落ち着いたのか、姫野は一瞬動きを止める。その隙に買ったものを取り出した。
「ごめん。これ買いに行ってたんだよ」
「……なん……、これ」
「姫野に。こっそり買って驚かせようかと思って」
「蓮くん……?ボクに……?」
「そう」
姫野がおずおずと俺の腰から腕を離し、俺が差し出すキーホルダーを受け取る。姫野の両手のひらの上からたぬたぬが姫野を見つめている。
姫野はぼーっとそれを見つめる。
「だけど不安にさせたな。ごめん」
「……ううん!ごめんね!ボクの方こそ!」
俺が重ねて謝罪をすると、姫野はパッと俺を見た。そこにはもういつもの姫野がいる。
つきりと胸のあたりが痛む。
男を落とすための作り笑顔でない。きっと作り物を上手くなるきっかけが、たった今見たような状況にあって。
「プレゼントだなんて、蓮くん、やっぱり優しいんだから〜!」
「気の迷い」
「え〜!」
ニヤッと笑えば姫野は頬を膨らませる。
姫野は作り続けて疲れることも忘れてしまったのだろうか。
悔しい、そんな感情が胸に落ちた。
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