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増加関数と方程式8

俺は姫野の腕を掴んで無理やりその体を引き上げる。転ばない代わりに姫野は俺の胸に背中から倒れこんだ。 「危ないだろ。はしゃぎすぎんなよ」 転ばなかったことにホッとしつつ、少し強めに言う。一瞬心臓が冷えた。転び方が悪ければ怪我につながる。 俺の注意に姫野は何も言い返さない。 「……姫野?」 訝しんでその顔を見れば、頬が赤くなっている。逆上せたのか。 いや、浸かる前から、あり得ない。 と言うことは俺の発言に……照れた? いや寧ろその方があり得ない。 俺が一人でぐるぐる考えていると、姫野はそっと自分の心臓に掌を当てる。 「……なんか心臓が苦しい」 「は?」 「鼓動がすごく早いの」 「ん?……は!?」 姫野は心底不思議そうにそう言う。だがそれの意味することなど一つだろう。 新手のからかい方とでも言うのか。相変わらず演技がうまい。 俺は姫野の体を離して、先に露天風呂に入る。 「蓮くん?」 「体冷えるぞ」 「え〜?でもなんでなんだろ、これ」 「知るか!」 姫野はいまだ不思議そうにしながら俺の隣に浸かる。 俺がいつまでも落ちないからと、作戦を変えてくるとは。さすが経験豊富と言うべきか。 「うわぁ、景色綺麗だね!」 姫野は疑問など吹き飛ばして、目の前の景色を指差した。 崖に露天風呂を作った形になっているようで、目の前は谷のようになっている。そして少し先に山々が見える。 息を呑むほど美しい風景だろう、本来なら。 俺は絶景を睨むように見ながら、拳をそっと握った。

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