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剥かれていく心3

「ああ、高一の時同じクラスだったとしか言ってなかったんだっけ?」 「そう。別に中学一緒っつっても、関わりなかったって言えば終わりだよな」 「うーん……」 姫野は小さく唸って、俺から視線をそらす。その瞳は月ではなく、地面を見ていた。 「その理由は……ボクもわかんないや」 「……そうか」 ぺたりと姫野の顔に笑顔が現れる。 今、この瞬間は、俺にだけ向けられる笑顔だ。 瞼がぴくりと痙攣して、目が細まる。 いけないと前を向く。すぐ後に姫野が前を向く衣擦れの音がした。 「松村の行動なんてわけわかんないよ。ボクなんかにも、接してきたくらいなんだから……」 「姫野……」 「……剛太って、名前。呼ばれた時もあったよ。流石にボクの反応見てすぐやめたみたいだけど」 中学の頃から茂は茂だった。だが失敗することもあったみたいだ。 茂らしい優しさに満ちた失敗だ。 「ボク、本当にこの名前嫌いなんだ。この名前のせいでいじめられるし……それに……」 微かに姫野の声が揺れる。俺は必死に前を向き続ける。 「……こんな名前、消えちゃえばいいのに…っていつも思うよ。あんな人たちから押し付けられた名前なんて」 見え隠れする姫野の過去や傷に、俺の心は揺れる。 これ以上踏み出してはいけないことはわかっている。中学時代を聞くだけでも、もう十分酷い仕打ちなのだから。 だからいつものように軽口でも叩いて、姫野を止めればいいのだ。 「おーわり」 俺が口を開く前に、姫野が軽い口調で言う。

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