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剥かれていく心4
姫野の方を見れば、小首を傾げてにこりと笑っていた。
「ボクの中学時代はこんな感じ。情けない名前と情けない容姿でいじめられてました、ってだけ」
まるでその過去が楽しいものであるかのように姫野は喋る。その笑顔は作られすぎて、寧ろ自然なものとなっていた。
「……笑うなよ」
「……え?」
「俺の前でそうやって、無理して笑うな」
姫野の自然な表情を見るたびに、俺は驚いていた。同時に作り物の笑顔を見るたびに、苛立つようになった。
どうして誰にも感情を見せないのか。あんなに彼氏を持って、俺みたいな軽口を叩ける人間もいて、茂のような友人もいて、なぜ。なぜ姫野は、笑顔しか出せないのか。
わからない。わからなくて、余計苛立つ。
「無理してなんかないよ?ボクにとってあれはただの過去だし、今は色んな人がボクのこと愛してくれる」
きっと愛されているから笑うんじゃない。
愛されたいから笑うのだ。
中学の時のようにいじめられないために、姫野は必死に努力したのだろう。そうでなければあの時、あんなに怯えるわけがない。今でも震えるほどの嫌な体験だったのだから。
「蓮くんもボクのこと愛してくれたらいいのに〜」
姫野が笑う。綺麗に笑う。
その笑顔、可愛い笑顔。笑顔。
そして小さな、小さな姫野の体。
「……っ」
気づけば無理やりその体を抱き寄せていた。
「……蓮くん……?」
「うるさい」
困惑した姫野の声を遮る。腕の力を強める。
姫野の体は本当に小さくて、細くて、今にも折れてしまいそうだった。だが確かに、生きる者の温かさも、伝わってきた。
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