798 / 961

攪拌2

地味に重い本を持ち、階段を登っていく。踊り場を抜け、また登り、二階に着いたら廊下に出る。 そんな短い作業でも腕は悲鳴を上げそうだ。 とは言っても二階にさえつけば理科実験室はすぐ。その中を抜けて、資料室に入り、本を戻す。それで終わり。 幾分足早になって俺は理科実験室に向かった。 二階の端にある理科実験室の扉が見えてくる。二枚のクリーム色の引き戸だ。 近づいて、一旦足元に本を下ろす。 「……うっん、…………はぁ……」 ドアに手をかけた瞬間、何かの声が聞こえる。 押し殺した声ではある。 だがこの声は、姫野のものではないだろうか。 途端背骨が震え、一歩後退する。 嫌な感じ。嫌な予感。 この先に広がる光景を見てはならない。 危険信号を必死に発する脳を無視して、手は引き戸を開ける。 「……っ」 息が、止まった。 姫野と知らない男。 姫野は気持ち良さげに相手の男に抱きつき、相手の男は俺に背を向ける形で姫野を抱きしめている。 姫野の下半身は何もまとっておらず、上の制服もだいぶ乱れている。 「あっ……ひぅ、ァンッ……」 「相変わらず姫最高……」 どちらの声もどこか艶めき、荒れた吐息の合間で囁かれる。 確かに目の前で起こっているはずなのに、別世界の出来事みたいだ。これは姫野ではないと、俺の知る姫野ではないと、心が言っている。 でも、この姫野も、確かに。 俺が、目をそらしてきた、この。

ともだちにシェアしよう!