800 / 961
攪拌4
姫野のか細い声に男も振り返る。引き戸の隙間で男と目が合う。
「蓮って、あの蓮?姫が最近頑張ってる?」
すぐに男は姫野に向き、問いを重ねる。その声には明らかな苛立ちが含まれていた。
だが姫野は何を考えているのか、答えない。
「なにその顔。あー、萎えた」
最中の甘い声は何処へやら。冷たい口調で男は言った。
酷いくらいに二人の関係性を表すもの。
「ひゃっ……」
ずるっと男は自分のものを姫野から抜き、立ち上がる。俺に背を向けたまま処理をして、姫野を放って歩き出す。
姫野はその場にへたり込んだまま、男を見つめる。
「琉くん……」
「次は鍵閉めろよ」
男は引き戸を開け放つと、俺にわざとぶつかって去っていった。
残ったのは乱れた姫野と、俺と、崩れた本。
俺は壊れたロボットのように顔を落とし、そのまま身動きができない。
「……みっともないとこ、見られちゃったね」
そんな俺に、姫野の平静な声が落とされる。俺は静かに顔を上げる。
姫野は未だ体を動かしていない。上気した頬に汗ばんだ皮膚はそのまま。乱れた衣服もそのまま。
しかしその顔には、いつもの笑顔だ。安堵ではない、つくりものの、綺麗な笑顔。
ともだちにシェアしよう!