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攪拌4

姫野のか細い声に男も振り返る。引き戸の隙間で男と目が合う。 「蓮って、あの蓮?姫が最近頑張ってる?」 すぐに男は姫野に向き、問いを重ねる。その声には明らかな苛立ちが含まれていた。 だが姫野は何を考えているのか、答えない。 「なにその顔。あー、萎えた」 最中の甘い声は何処へやら。冷たい口調で男は言った。 酷いくらいに二人の関係性を表すもの。 「ひゃっ……」 ずるっと男は自分のものを姫野から抜き、立ち上がる。俺に背を向けたまま処理をして、姫野を放って歩き出す。 姫野はその場にへたり込んだまま、男を見つめる。 「琉くん……」 「次は鍵閉めろよ」 男は引き戸を開け放つと、俺にわざとぶつかって去っていった。 残ったのは乱れた姫野と、俺と、崩れた本。 俺は壊れたロボットのように顔を落とし、そのまま身動きができない。 「……みっともないとこ、見られちゃったね」 そんな俺に、姫野の平静な声が落とされる。俺は静かに顔を上げる。 姫野は未だ体を動かしていない。上気した頬に汗ばんだ皮膚はそのまま。乱れた衣服もそのまま。 しかしその顔には、いつもの笑顔だ。安堵ではない、つくりものの、綺麗な笑顔。

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