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野獣とシンデレラ2

姫野の声につい足を止めた。振り返ることはできなかった。 前に進めない。それすら俺の勝手ではないかと思えてくる。 もう姫野は俺を好きではないのだと、そもそも姫野の『好き』はそうではなかったのだと。思いそうだった。 姫野はここぞとばかりに腕を引く。しかし俺は離さなかった。否、離せなかった。 本当に自分勝手な奴だ。俺はこんな人間だったろうか。 「離してよ……!もう蓮くんといると苦しいの!」 姫野の本音は突き刺さる。鋭利なナイフの二本目が、俺の心臓を朱に染める。 「いつからか胸がどきどきするようになったし、怒ったように見えるとすごく怖い!笑顔見ると、胸がぎゅうってする!」 「……姫野……?」 連なる言葉への違和感。 ナイフがカランと地面に落ちる。 「どうしたら笑うかなとか、どうしたら楽しいかなとか、考えちゃうし!姿見かけたら嬉しいのに、頭ぐるぐるする!こんなの知らない!彼氏たちには抱いたことなかったもん!」 俺の方こそ頭がぐるぐるしてきた。 自然と旅行の温泉が思い出される。信じられないが、あの時の姫野の言葉は本心だったのだろう。そして今の姫野も、本気で言っている。 「姫野」 「なに!」 「行くぞ」 「なっ……なんで!いや!」 ならば姫野となおさら話をしなければならない。その場合、校庭のど真ん中はいけないに決まっている。 俺は再び姫野を引きずり出した。姫野は先以上に抵抗する。 「蓮くんなんか嫌い!好きはこんなじゃない!」 「いいから」 「や!」 まるで駄々っ子のような姫野。このままでは埒が明かない。はあっとため息を吐く。 すると姫野の体は大げさに震えた。ため息と、その震えと。少し冷静になる。 「姫野」 俺は姫野の体をふわりと抱き寄せた。

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