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野獣とシンデレラ3
「やっ……!」
案の定姫野は俺の腕から逃げ出そうとする。その体を押さえて、優しく背中を叩いた。
「ごめん。無理やりすぎたな」
子供騙しのようなそれだが、姫野の体から力が抜けていく。
「俺の話を聞いてくれ。聞くだけでいいから。だめか?」
優しく、柔らかに。それを心がけて、静かに問いかける。
力が抜けたと言ってもまだ強張りのある姫野。頭や背中を優しく撫でてみる。
守ってやりたい。
そんな感情が胸をついた。
胸の中の姫野はしばらく黙っていたが、ゆっくり、ほんの少し、頷いた。
「ありがとう」
俺は姫野の体を解放する。軽く背中を撫で、方向を示した。怖がらせては困るから、そのまま俺は歩き出す。
するとワイシャツが引っ張られる。振り返ると姫野が裾を少し掴んでいた。
「……蓮くん……」
甘えるようでいて、怯えるよう。不安に濡れた小さな声。幼い子供のような声。
俺はほんのり微笑んで姫野の手を掴んだ。
そしてゆっくり歩き出す。
手からはしっかりと力が返ってきている。
時々すれ違う生徒は怪訝そうに俺と姫野を見ている。だがそんな視線は気にならなかった。姫野の彼氏のうちの一人と思われるのすら、今はどうでもよかった。
それよりも手の熱を、小さな姫野を、大切にしたいと思った。
そうして俺は姫野を連れて、理科室に向かっていった。
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