808 / 961
野獣とシンデレラ4
理科実験室にたどり着くと姫野の手に力がこもる。
「ごめん。鍵かけられる場所の方がいいと思って」
俺は姫野の手を握り直してそう言った。背後で頷く気配がする。
カラカラと音を立てて実験室の戸を開ける。姫野も俺も入って、上下式の鍵をかける。人影がないことを確かめたら、俺は姫野を教室内に導いた。
と言ってもどこまで進めばいいのやら。
実験のためにと、グループで作業ができる机がいくつか設置され、椅子は折りたたみ式の丸椅子。ビーカーやらガスバーナー等も置いたまま。
施錠できる以外、落ち着ける点はない。
情けなく歩みを進めると、鍵を見つけた。俺の落とした鍵だ。
姫野の手を離しかけ、やめる。
手を繋いだまま屈んで鍵を拾った。それをポケットにしまう。
「姫野」
何を今更。
形なんて気にしている暇があるなら、目の前の人間を大切にしろ。
自分で自分に言い聞かせ、姫野をまっすぐ見つめる。姫野も素直に見上げてきた。
俺は右手で姫野の手を掴んだまま、口を開けた。
「……俺は姫野が好きだ。姫野は……俺が嫌いか?」
「……嫌い、だよ」
ふいっと姫野が視線をそらす。
逡巡の後に返ってきた『嫌い』は、俺の心臓を抉っていく。
いくらあの時の言葉が俺への好意に聞こえても、それを姫野が受け入れるかはわからない。
わからないけど、痛みを乗り越えて、俺は言わなければならない。
「そうだよな。姫野は嫌いな理由を、色々言ってくれたもんな」
「……うん」
「でもさ、それ、俺が姫野を好きな理由と、同じなんだけど」
前髪の下の姫野の表情が、微かに揺れた気がした。
ともだちにシェアしよう!