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野獣とシンデレラ5
「俺は姫野の笑顔を見ると、胸がどきどきする。傷つけたかと思うと、頭から離れないし、どうやったら振り向いてくれるかって、すぐ考えてる」
「……れん、くん……」
「なあ、本当はわかってるんだろ?」
掌に力を入れる。姫野の手は小さくて冷たい。
その手を俺の心臓に持っていった。手を俺の胸に押し付けて、鼓動を感じさせる。
「早い……」
「そう。姫野と同じ」
「ボクと同じ……。ならボク、も……」
俺の胸元を驚くように見つめていた姫野が、そっと顔を上げる。俺は壊れ物を扱うように姫野の手を離した。
「蓮くんが……好き……?」
「うん。これが、好き」
空いた両手で姫野を抱き寄せる。
優しく、優しく。
姫野は大人しく俺の胸に包まれている。
気まぐれに愛を注ぐ奴とは違う。快楽のために愛する奴とは違う。
「……これが本当の愛だよ、姫野」
「……っ」
バッと体を押し返された。姫野とは思えないほど強い力だった。
目を見開きながら姫野を見る。姫野の瞳には明らかな動揺が走っていた。
「ちが、違うっ……。やっぱり、違う……」
「姫野?」
姫野は小刻みに震えだし、自分を守るように両手で体をかきいだく。
「こんなの愛じゃないっ……これはボクの欲しい愛じゃないっ……!」
異常なまでの反応。俺は手を伸ばす。本能かのように姫野は俺の手を弾く。
「ボクは……ボクは、ボクはっ……こんなあったかい愛……知らない……!」
血走った姫野の瞳から、大粒の涙がこぼれだす。初めて見た姫野の涙だった。
未だ自分を抱きしめる姫野に、改めて手を伸ばした。だがその前に姫野はしゃがみこむ。そして耳を塞ぐ。
「ボクは、あったかい愛を……貰っていい存在じゃない……!!」
きんっ……と姫野の声が実験室に響いた。
「姫野!」
俺はその両肩を強く掴んだ。
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