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野獣とシンデレラ10
静かに泣く姫野の口がそっと開いた。
「これがボクだけど、蓮くん、嫌になっ……」
俺は姫野の顎を掴むと、無理やり振り向かせた。動作は乱暴だが、口づけは優しく。
初めて触れた姫野の唇は、心地いいほどに柔らかかった。
一回唇を食んで、離す。吐息が届いてしまうくらいの距離で、見つめあった。
姫野の口が音を出さずに『蓮くん』と動く。
「……まだ怖い?」
「……少し」
吐息を交えて言うと、姫野も囁くくらいの声量で返してくる。
俺はまた姫野の唇に自分のそれを重ねる。
重ねては、離し、また重ねて。深くはしない。ただ重ねるだけ。
たったそれだけの動作なのに、空気はどこか甘やかで。行為は濃密で、絡みついてくる。
姫野は黙って受け入れていた。
……どれくらいの時間が経ったろう。わからない。
ただ姫野の瞳がとろけるくらいまではキスし続けたらしい。初めての愛への戸惑いも恐怖も、ぼんやりと溶かされている。
「……なあ姫野、家、連れてって」
「……え……?」
「知って欲しい。俺が姫野の全部を受け入れるってこと。全部が、好きだってこと」
俺はやっと唇を離して、姫野にそう言った。その頬が赤くなる。涙の跡が、少し紛れた。
「……うん」
姫野はしばらく経ったのち、消えそうなほど小さく、声を出した。
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