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愛すという行為1

姫野の家は遠い場所にあった。電車を何回も乗り継いだ。長い道のりを俺と姫野は口数少なく進み、とうとう家の玄関にたどり着いた。 「……初めて、だよ」 姫野は自分の家をふと見上げながら呟く。 「ん?」 「人を家に入れるの。蓮くんが、初めて」 玄関に鍵を差し込みながら、姫野が振り返る。ふわりとはにかんだ姫野の笑顔は、自然と俺の心臓を掴んだ。 「……そりゃ光栄なことだ」 若干ぶっきらぼうになってしまったことは否めない。軽口ばかり叩いていた相手が急に恋人になったんだ。それも仕方ないことと思って欲しい。 姫野は鍵を開けると俺を家の中に導いた。 玄関に一歩踏み入れる。人の家の匂いがした。 玄関の先には、廊下があり、階段もあり、いくつかのドアがあり、そのうちの一つがリビングにつながって。至って普通の家だった。一般的な家族が暮らしていそうな家。 ただ一つ違うのは、ひと気がないということだけ。生活感がまるでなかった。 大事にしてやりたい。姫野のこと。 そんな風に感じた。 姫野はリビングに入ったところで立ち止まる俺を見る。 「えっと……座る?」 「なんで疑問形なんだよ」 俺はわざと笑ってリビングのソファに座った。新品のような感触がした。 姫野はどこか嬉しそうにも見え、そわそわしているようにも見えた。 俺はソファの隣を叩いた。姫野は一瞬不思議そうな顔をして、それから笑った。 ぽすっと隣に座ってくる。無意識に出る可愛らしい仕草は、高校生活の賜物だろう。 しかしなぜか少し距離を開けるから、俺は肩を抱いて引き寄せた。 きゅっと姫野の口が引き結ばれる。それからもじっと脚をすり合わせた。 俺はくすりと密かに笑む。

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