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たかちゃんの受難6
コートの向かい側に回ると、そこには鼻血を垂らした凛がいた。凛の真っ白な肌の上だと、赤色がやけに鮮明だ。
くらりと視界が回る。
「小室、だいじょ」
「先生、ちょっと保健室連れて行きます」
「ああ……おう。頼むな、轟」
近くに来ていた松田先生の言葉を遮る。凛の腕を掴んで、返事を聞き終えるか終えないかくらいのところで歩き出した。
凛の熱を腕から感じる。やけに久々な気がした。
その熱が腕をたどって、胸骨のあたりまでやってくるみたいだ。
俺はそれを感じながら、無言で保健室に向かう。玄関を通って、廊下を抜ける。
凛も同様に無言だった。
そうしてたどり着いた保健室に入る。
「先生……って、いない」
凛の腕を離す。部屋を見回しても人の気配はなかった。
席を外しているのかもしれない。
呼びに行く時間はないから、勝手に道具を借りてもいいだろうか。
「たかちゃんは戻ったら」
するとぶっきらぼうな声が耳に入る。
凛は鼻のあたりを押さえながら、俺を見ていた。
「不器用のくせに何言ってんだよ」
俺は凛を椅子に座らせて、下を向かせた。凛は大人しく従って、鼻のところをつまむ。
俺はその間に氷を適当な袋に詰める。
「あれくらい打つか躱すかしろよ」
「うるさい。たかちゃんが強く打ちすぎなせいだもん」
「何言ってんだ、のろま」
「運動神経の良さしか取り柄ないくせに」
俺は凛の向かいの椅子に座り、凛の鼻のあたりを冷やす。
ぐちぐち文句を言い合う俺らは、ひたすらにらみ合っていた。
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