903 / 961
精一杯の感謝4
『合格、おめでとう。ネット見たのよ』
「えっ、ありがとう……」
『嬉しくて居ても立っても居られなくて。つい電話しちゃったわ』
母さんは恥ずかしそうに笑う。その声は弾んでいて、本当に思わずかけてしまったという感じだ。
仕事が忙しいだろうに、わざわざ電話で直接言ってくれるなんて、本当に嬉しい。
『今まで母親らしいこと全然してあげられなかったのに、亜樹は親孝行な子ね』
「そんなこと……母さんこそいつも僕のために働いてくれてるし、僕の志望校も認めてくれた……」
『親が子を応援するなんて当たり前じゃない。ちょっと離れちゃうのは寂しいけどね』
「うん……ごめん……」
『そこはありがとうでしょ』
咎められて慌てて「ありがとう」と言いなおす。
一人暮らし。それは家から出て行くということだ。母さんから離れることになるし、生活費の面とかさらに負担をかける。
でも、ありがとうって、言っていいんだ。
『今もしかして颯太くんの家?』
「うん。颯太も合格してたって」
『……そう』
僕の何気ない言葉に、母さんの声は沈んだ気がする。多分僕の気のせいじゃない。
『……亜樹』
「なに?」
『たくさんおめでとうって、ありがとうって、言うのよ』
「……。うん」
ほろりと涙が流れた。
母さんの言葉が温かくて、一番心を突いてくる言葉で。
『じゃあもう切るわね。仕事戻らなきゃ』
「うん、わざわざありがとう」
『いいえ。じゃあね』
「じゃあね」
泣いているのが恥ずかしくて一生懸命隠そうとしたけど、多分全部バレているんだろう。
ぷつっと途切れたスマホ。真っ暗な画面。
部屋の片隅で僕は目元を拭う。
そして食事を続ける颯太と久志さんのもとへ戻った。
「お母さん?」
颯太が僕に問うてくる。答えなきゃって、思った。
でもその顔を見て、安心しちゃって。それから好きだなって、愛しいなって、僕が合格できたのは、颯太のおかげなんだって……。
なんだか色々な思いが溢れかえってしまった。
「……そう、た……」
「なに?甘えん坊だね、可愛い」
気づけば止まった涙は再び流れて、颯太に無理やり抱きつく。颯太は難しい体勢なのにきちんと僕を抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。
「ありがとう……」
「うん。俺も、ありがとう」
僕を強くしてくれた人。僕を救ってくれた人。
颯太がいたから、僕の人生は今、こんなに素敵なものになった。
いつもそばにいてくれて、安心させてくれる。甘えさせてくれる。包み込んでくれる。
これが愛なんだって、一番好きな人なんだって、毎日、毎日、思わせてくれる。
僕は、見つけることができたよ、母さん。だからたくさんありがとうって、言ってるよ。
「……おめでとう、颯太」
「そっか、言うの忘れてた。亜樹も合格おめでとう」
僕は泣きながら笑って、颯太の唇にそっと吸い付いた。
ともだちにシェアしよう!