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なぞって、あるいて、こぼれて4

動物園を出て、適当なところで昼食を取った。そして次に行ったのは紫陽花園だ。 といっても三月の今は紫陽花ではなく、庭園がメインとなっているけど。 紫陽花が並ぶ道は一応通れるが来訪者の目的は異なる。 日毎に勢いを増す太陽が僕らを見つめる。春の訪れを感じる風景の中に、紫陽花の木は溶け込んでいた。 「へぇー、今の時期の紫陽花ってこんな感じなんだ」 「すっかり枯れて何の花かわからないね」 今の紫陽花はまさに枯れ木といった様子だ。枝は伸びているけれど花や葉は当然もうない。ただ最近徐々に暖かくなり始めているし、順調に生やしていくのだろう。 「梅雨になったらまたあの光景なんだね」 「そうだねー。最近春っぽくなって来たし、梅雨もすぐ来そう」 「あっちの梅雨も暑いのかなあ」 「あー確かに。どうなんだろ? 寒かったりするのかな」 僕はもうここの紫陽花を見られないんだと思うとやっぱり寂しい。颯太との思い出を、辿れなくなってしまう。 颯太が暑いって言っている日に、そんなに暑くなかったり。紫陽花咲いたよって日に、まだ全然だよってなったり。距離の分、違ってきちゃうのかな。 「でもさ」 するりと颯太の指が僕の指に絡む。風が吹いて僕らの髪の毛を揺らす。 「時期ずれてる分、綺麗なもの長く楽しめそう」 颯太はいたずらっぽく笑って、「桜も紫陽花もね」って付け足す。 「……そっか。うん、そうだよね」 颯太みたいな明るい考え方、素敵だ。 僕は颯太の手を握り返す。 空の太陽が温かかった。

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