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旅立ち2

「あら、颯太くん」 「こんにちは」 そこへ母さんが戻ってきた。知っているくせにまるで今気づいたみたいな口ぶりだ。演技がうまい。 「見送りきてくれたのね」 「はい。これからあまり会えなくなっちゃいますし」 「そうよね。私も颯太くんも寂しくなるわね」 「そうですね」 母さんと颯太が話す様子を見る。 すっかり知人といった感じだ。僕の恋人が、しかも同性の恋人が、こんな風に親と話しているなんて、貴重な光景なんだろう。 「亜樹、向こうでもしっかりするのよ。颯太くんがいないからって腑抜けないでね」 「そんな心配しなくても平気だよ」 「どうかしら。颯太くんに甘えっきりだもの」 「俺の方が甘やかされてますよ」 「そんなの想像できないわ」 「母さん酷い」 すると母さんは僕を会話に巻き込んで、いつの間にやら立場が危うくなっている。 確かに颯太に頼りきりだし、甘えてばっかりだったけど、生活できなくなるようなことはない。しっかりやる。 凛くんも同じ学部にいるし、友達作りも頑張るし、自炊もバイトも頑張るつもり。 颯太にいつ会っても胸を張れるような生活を送るんだ。 「亜樹も颯太くんも、離れてもしっかりね。そこは心配する必要ないと思うけれど」 「それはごもっともですね」 母さんの明るい冗談に僕も颯太も笑う。そして腕時計を確認した。 もう終わりの時間。 「……じゃあ、僕は行かなきゃ」 「ええ。頑張るのよ」 「うん。ばいばい。颯太も……また」 「じゃあね。……元気でね」 「颯太こそ、元気で」 母さんから颯太へと視線を移し、笑って手を振る。ポケットから切符を取り出して、僕だけ改札をくぐった。 スーツケースがガラガラ音を立てる。周りを行く人の流れに乗る。 なんだか終わりって呆気ないな。 でもきっとこんなものなのだろう。今の時期離れ離れになるカップルはいっぱいいるはずだ。そしてみんな「元気でね」なんてありきたりな言葉で別れるのだ。だってそれくらいしか思いつかない。短い間に伝えられることって。 だから僕と颯太の別れもそれでいい。 そんなもん、なんだ。 きっと。 きっと……。

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