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旅立ち3
「……颯太!」
何も考えずに振り向く。颯太は驚いて目を丸くする。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌なんだ。
僕はこんな寂しい別れ方したくない。呆気ないお別れじゃ嫌だ。もっと颯太に届くような、大切な別れ方をしたい。
振り向いて、颯太を見つめて。
その綺麗な顔を見て。
「愛してる!」
最初に出てきた言葉はそれだった。
颯太はさらに目を大きくした。ついでに隣の母さんも驚いている。本当は僕も少し驚いた。
でも恥ずかしくなかった。周りの目も怖くなかった。
だってこれだけは事実だから。これだけは、絶対に忘れない、胸を張れる、真実だから。
「俺も!俺も愛してるよ、亜樹!」
「……うんっ」
颯太はすぐに満面の笑みを見せて大きく手を振ってくれる。
周りを歩く人は僕らを見ていたけど、今だけは僕らだけの空間だった。笑顔で手を振りあって僕は歩き始める。
颯太が遠くなるまで顔だけは後ろを向いて、もう見えないやって思ったら、前を向く。スーツケースを持つ手に力がこもる。
「……颯太……」
泣かないって、決めたのにな。
でも颯太の前じゃないから、いっか。
それに……。
ボロボロと涙があふれてくる。堪えていた涙はいよいよ止まらない。
でもいいんだ。これは寂しさや悲しさからくるものじゃない。幸せからくる涙だから。
こんなに愛する人に出会えた。その事実が幸せでたまらなくて、涙が出ちゃうんだ。
確かに別れは辛い。でもどこか高揚感を、今なら抱くことができる。
大学に入ったら、たくさん電話しよう。会いに行こう。
それで卒業したら、颯太の隣に立つんだ。九条を支えられるように、颯太を支えられるように、立派な人間になって、帰ってくるんだ。
そしてまた颯太と、一緒の毎日を過ごそう。
僕は未来を描いて、そっと微笑んだ──
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