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それぞれの(姫野×清水)
「鍵すぐ出る?」
「出るよ!」
スーパーの袋で手がふさがった俺は姫野を見る。カバンからすぐに鍵を出した姫野は玄関の鍵を開けた。
そして二人で俺の家へ入る。
大学生になってから、姫野は俺の家でよく夕飯を食べるようになった。学部は違えど同じ大学だから、会う時間は合わせやすい。
相変わらず親は姫野を放っておいたままらしく、やはりお金だけもらえるとか。
それで家賃や光熱費、学費をまかなっているらしい。
「今日の晩ご飯は何かな〜」
「食材買うとこ見てたろ」
「でも楽しみなの!」
姫野はキッチンへ向かう俺をよそに、部屋に向かってしまう。ローテーブルの前に座って楽しそうにしている。
寧ろ親から完全に切り離された今の状態の方が、こいつには幸せなのかもしれない。
その幸福の一部に俺がなれているとしたら、願ったり叶ったりだ。
「明日は姫野の番だからな」
「はぁい」
姫野は緩く返事をしてテレビをつけた。すっかりくつろいでいる。
入学してからまだそこまでたっていないが、これが日常だ。
「……なあ、姫野」
「んー?」
だから俺は口を開く。姫野はテレビから目を逸らさない。
「俺と一緒に住まない?」
そんな姫野に、俺は一言。姫野は先の表情のまま固まる。リモコンがテーブルに落ちた。
「……いいの?」
「新しく探すでも、片方の家に移るでもいいけど。どうする?」
姫野はぎこちなく俺の方を見て、ゆっくり瞬きをする。
「……住む!」
そして次の瞬間には笑顔を見せた。
今まで見た中で一番の笑顔だった。
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