943 / 961
番外編[遠い③]
『……あっ』
電話の向こうから亜樹の驚いた声が聞こえる。俺は小さく笑って、講義室を出た。
『え、えっと、颯太……平気、なの?』
「うん。平気」
授業の邪魔にならない場所まで行って、そこにあったベンチに座る。
『でも授業じゃ……あの、間違えちゃって……』
「可愛いね」
『じゃなくて……』
「俺は平気だから。というか亜樹の声聞きたいし」
『……僕もそうだけど……』
「じゃあ話そう」
間違えて電話をかけるということは、俺とのやりとりを見返していたのだろうか。考えることは同じみたいだ。
亜樹がやりとりを読みながら笑っている様子を想像する。想像だけでも可愛くて頬が緩む。
『……颯太、元気?』
「なにそれ。元気だよ。亜樹の声聞いたらもっと元気になった」
『……も、もうっ……』
亜樹の表情が手に取るようにわかる。
亜樹は電話だと何を話せばいいか、どう話せばいいか、すぐ戸惑う。とても可愛い。
「空きコマなの?」
『うん。今日は、一、三、四』
「そっか。お昼は小室くんと?」
『うん。金曜日は一緒に食べることにしてるんだ。嬉しい』
「そうなんだね」
最近のスマホは性能がいいもので、亜樹の普段の声と変わらないものが聞こえてくる。ふわふわと可愛らしくて、嬉しいと少し高くなって、俺と話すときは少し甘くなって。
文字じゃなくて、声って、やっぱりいい。
ともだちにシェアしよう!