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番外編[在りし日②]
ある日の放課後。父に言われた時間、言われた服装でぼくは九条家の庭を歩いていた。
「あ!しゅーう!柊!」
目の前で揺れる黒髪。見つけた瞬間にぼくは駆け出した。大きく声を上げて、歩く柊を追いかける。
柊はぼくの声など聞こえていないかのように歩き続ける。それでも徒歩には当然追いつける。あっさり柊の肩を掴んで引き止めた。
「触らないで」
柊はぼくが肩を掴んだ瞬間に強く触り払った。
父や母の前での柊はすごく上品でまじめだけど、普段はこうやって少し口が悪くて、乱暴だったりする。いくらぼくが話しかけても、そっけなく返されてしまう。
「だって行き先同じだよね?」
「知らない」
つんとそっぽを向いた柊はスタスタ歩いてしまう。ぼくは当たり前のように隣を歩く。
柊はちらっとぼくを睨んだが、無視を決め込んだらしい。
「柊のクラス、今日どんなことした?ぼくのところ体育あったんだ!それでね……」
かまわずぼくは柊に話しかける。一方的に話しても、柊はうんともすんとも言わない。空気に話しかけてるみたいだ。
きっと柊はまじめで、頭もいいから、放課後は疲れてしまうんだろう。だから仕方ない。それにこういうクールな柊も好きだ。
「だから今日も一日楽しかったんだ〜」
そう話を切って前を向く。ちょうど目的地だった。
庭の一番大きなオリーブの木。そこが指定された場所だ。何をするかは聞いていない。父はまだ来ていなかった。木の近くには、一人の男性が立っている。
「おお、颯太様に柊様ですね」
その人はぼくたちに気づくと、太陽が負けそうなくらい眩しい笑顔を見せた。
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