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静かな波立ち7
「え?」
「いや、前に辛い思いしてた時も頑張って行こうとしてたし、今回もテストのために夜遅くまで勉強してたから」
口元に笑みを貼り付けたようにコウが僕を見る。その様子に多少臆しながら、僕の口は言葉を発する。
「……好き、かどうかはわからない、けど……行きたい、と思うよ」
一旦言葉を切ってもちゃんと続きがあるとわかっているのかコウは何も言わない。
「……母さんが僕にちゃんと教育を受けさせたいって、大学もできればって、毎日、何時間も働いてくれてる。それに感謝するためにも……僕はちゃんと学校に行きたい」
「……そう」
つっかえずにに言えたと安堵しつつ隣を見上げる。
コウはどこか遠くを見つめているような、追憶しているような、そんな表情をしていた。
「あ、そうだ」
「……?」
しかし急に声を上げた後は、いつものコウだった。優しく微笑んで何でも包み込んでくれそうな、いつものコウ。
そんなコウはポケットに手を突っ込み、取り出したものを僕の手に乗せる。
「これ、あげる」
「えっ……? あ、か、可愛い……!」
透明の包みに入っているものは、リスのストラップ。
つぶらな瞳が可愛らしい。だけど大きすぎないから僕が身につけててもおかしくない。
「テスト頑張ったから、ご褒美」
「え、そんなの……いいのに……」
「というのは建前で、単にこれを見て亜樹喜びそうだなーと思ったら買ってた。それだけ」
ふわりとコウが笑う。その表情に胸のあたりがきゅうっと縮まった気がする。
会わない間にも僕のことを考えてくれているなんて、嬉しい。その象徴のようなリスも、嬉しい。
「……ありがとう」
袋を口元に持っていって、隠しきれない笑みを滲ませる。あんまりにも幸せで頬が熱くなった。
「亜樹……」
呼ばれて顔を上げると、コウの手が頬に添えられる。顔が近づいてくる。細められた熱っぽい瞳が、僕を見つめている。
あれ……これは、キスされ、
る、まで行かずにパッとコウが離れた。
「あっ、えっと、ごめん!」
「え、あ、平気だよ」
コウがまるで僕のようだ。珍しく慌てて、そして急に立ち上がった。
「あの、俺、帰るね。じゃあ!」
「あっ、ばいばい」
疾風のようにその場を去っていってしまった。
僕は怒涛の出来事に呆然となる。
コウでもあんな風に慌てるんだ。いつも完璧なように見えるのに。
……というか、僕は、今。
先ほどのコウの顔や、魅せられたように止まって待っていた僕自身を思い出す。
思い返せば、物凄く恥ずかしい。
何で僕はあの時、当たり前のように受け入れたんだろう。それに何でコウは僕に……キス、なんか。
懸命に考えようとしたけど、僕の頭からは湯気が出るばかりだった。
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