78 / 961
ここから一歩6
「あーき」
「なに?」
「そうやって可愛い顔するから、俺もあんな発言しちゃうんだよ」
「え? そ、そんなのしてな……」
「しーてーる。キスしたくなる顔」
「キッ……」
またもや頬が熱くなる。自分がタコのように赤くないか心配だ。
それ以上のことをしているくせに、とは思うけど恥ずかしい。何でもない時にそういう類の言葉を言うからいけない。
そもそもキスしたい顔ってどういう……
「あ……」
キスと、それから手の中のリス。この二つが繋がって、一つの疑問が生まれる。
ちらりと控えめに颯太を見る。
「もう一個、質問しても、いい……?」
「いいよ」
「このリスをくれた日……、あの、僕の勘違いじゃなければ、キス……しようと、したよね……?」
「あー……うん」
「あの、嫌なら……」
「ううん。続けて」
「えっと……その次の日、どうして何事もなかったような態度だったのかなって……」
「それはねー……」
颯太は悩むように眉間を寄せて、仰向けになる。
少し悩んだ後、勢いよく起き上がった。その拍子に見えてしまう裸体から僕は視線をずらす。
「あの時はまさか両想いだなんて思ってなかったからさ、亜樹に気持ちが知れたら幻滅されるだろうって、必死に隠したんだよ。平静に見えたかもしれないけど内心は焦ってた」
「そうだったんだ……」
「もしかして亜樹、ショックだった?」
「え、いや……、……うん」
視線を颯太に戻すタイミングを見失ってしまった。微かに俯いたまま大人しく頷いた。
顔が見えていなくても、颯太にはわかってしまうだろうから。
リスの額を袋の上から撫でる。
こんな小さなことでショックを受ける恋人なんて、面倒に思うかもしれない。
「……っ」
「ごめんね。何度も辛い思いさせて」
ふわっと颯太が背後から抱きしめてくる。肌と肌が触れ合って、いつもより熱を感じる。
だけど下も何も纏っていないわけだから……。
ちょうど心臓の上に颯太の腕がある。僕の早い鼓動が聞こえてしまいそうだ。
「……それにしても、颯太はすごいね。演技だなんて全然気づかなかった」
「演技、か……」
「颯太……?」
颯太の声が曇る。時たま見せる遠い目。それをしてるのではないかと背後を向こうとしたが、腕の力を強められて叶わない。
颯太の過去や家族構成といったことが気にならないわけではない。ただ夜な夜な話す時には自然と避けていた話題だから、お互いにお互いの踏み込んだ部分は殆ど知らないのだ。
「風呂でも入ろっか」
「あ……うん」
颯太の提案で思考は中断された。
ともだちにシェアしよう!