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ここから一歩9
颯太の家は僕の家からさほど離れていなかった。歩いて行けてしまう距離だ。軽く思い立っていきなり訪問するなんてこともできそう。
もちろんやらないけれど。いや、できない。
目の前の家を見上げる。
一階建ての一戸建てのようだ。黒と白のお洒落な外観で、玄関先には車が停まっている。
颯太はまっすぐ玄関に向かう。僕も胸の鼓動を早めつつ、後ろについて歩いた。
颯太がドアを開けて僕に入るよう促す。
「お、おじゃまします……」
一歩家の中に入ると、自分の家とは異なった匂いが鼻に入ってくる。
思えば他人の家に入るのは初めてで、玄関に立ち尽くしてしまう。
どうすればよいのだろう。どうするべきだろう。
「中入ろ」
「あ、うん……」
颯太が僕より前に出て靴を脱ぐ。僕もそれに続いたのを確認すると、リビングに繋がるであろうドアに向かう。
ちょうどその時、そのドアがガチャッと開いた。
「帰ってきたのか」
「……なんでいるんだよ」
「休日くらい家にいるっての。おっ? その可愛い子誰?」
そこから出てきたのは四十代か五十代くらいのおじさん。顎ひげを薄くはやして、後ろ髪は一つにまとめている。
颯太と雰囲気は異なるけど、顔は似ているようにも見える。きっとお父さんだ。
なら、挨拶した方がいいのかな。
でもその人は僕を物珍しそうに見てくる。ただでさえ人に慣れていないから、思わず颯太の服を掴んだ。
「俺の恋人」
「えっ……」
迷わず告げた颯太に胸がきゅんとした後、驚きがやってくる。
だって僕は男。颯太も男。
いくら当人たちが認めているとはいえ、男同士で付き合っているのを身内に教えるのは普通ためらう。
颯太がはっきり告げてくれたのは僕にとって喜ばしいことだけど、それで颯太が悪く思われたら嫌だ。
「え、あれ? 恋人……だよね? 俺の勘違い?」
「あ、ちが、こ、恋人は合ってる……けど……」
「うん。ならよかった」
颯太は僕の言いたいことはわかっているはずだ。それなのにあえて掘り下げない。それなら僕も口を挟まない。
でもおじさんの顔は怖くて見ることができなかった。
服を掴む手に力を込めると、颯太はその手を外して、優しく握ってくれる。
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