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ここから一歩13
わからない程度に久志さんに視線を送る。すぐに逸らす。
「亜樹ちゃん」
「はっ、はい」
「聞きたいことあんなら聞いていいぞ」
「……ぁ」
ズバリと当てられて一瞬当惑する。
こういうところ、颯太にそっくり。言わなくてもわかってくれる。僕みたいな人間にとって、それはすごくありがたいことだ。
「あれ? ねぇの?」
「あ、えと……颯太のこと……」
「おう」
「その……家ではいつも、あんな口調、ですか……?」
「ああ、そうだな。つーか、普段はそもそもおれと会話しねぇけど。なに、亜樹ちゃんには違ぇの?」
「あ、はい。もっと柔らかいというか……優しいというか……」
「へぇ、まじかよ」
久志さんは本当に驚いたようだ。信じられないといったように僕を見る。
どうしよう。なら僕は颯太に無理をさせているのだ。
だって家であの口調なら普段もあれのはず。きっと僕が怯えるからと、わざわざ優しい口調にしてくれて、結局今もやめられなくて、でも家ではつい素が出て…………
「違う違う。違ぇよ、亜樹ちゃん」
「え……?」
「ここだけの話な」
「ひゃっ」
迷宮に陥りそうだった僕に久志さんが笑顔で告げる。それから僕の肩に腕をかけ、顔を近づける。
「あいつ柔らかい口調の方が素なんだよ」
にやにやと笑いながら声を潜める久志さん。
「そ、そうなんですか……?」
「そう。おれに対する方は作ってんの。どうせ周りの奴らに合わせたんだろ」
そう言われてもまだ半信半疑でいると、久志さんはさらに距離を詰める。
颯太以外の人とこんな距離になるなんて初めてだ。
久志さんだから、嫌な感じはしない。でも緊張はする。
「だから亜樹ちゃんには最初から心許してるってことよ」
「そっ……か……、そっか……」
詰められた距離への緊張と少しの怯えが一気に消え去る。
颯太は、僕には、飾らず、接している。
嬉しい。よかった。嬉しい。
久志さんの前なのにふにゃふにゃと締まりのない顔になってしまう。引き締めようとしても嬉しくて無理だ。
「んで、どうなのよ。颯太は」
「へ……どうって……?」
またもや久志さんはにやにやを顔中に広げ、楽しそうに僕に聞く。
「夜だよ。激しいん? うまいん?」
「よ、夜……!?」
ボンッと頭が爆発する。
夜のことなど恥ずかしすぎて答えられるわけない。そんなの無理。あんなはしたない姿を。
それに比較する人もいないから正しい判断ができないし……僕としてはき、気持ちいいけど……。
そもそも普通はこういう類の質問は、答えるものなのだろうか。人に聞かれたら答えた方がいいのかな。
「おい、おっさん」
僕がグルグル悩んでいると背後から声がかかる。
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