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ここから一歩14

「距離近すぎ。亜樹が嫌がってるだろ」 「あーうるさいのが来た。亜樹ちゃんは嫌じゃないよな?」 「え」 「亜樹ちゃん? 変な呼び方やめろ。亜樹、こっちおいで」 「あ」 颯太が紅茶をローテーブルにおいてソファに座る。それから僕を手招きした。 僕は肩にかかる腕から久志さんへと視線を動かす。 「ご、ごめんなさい……」 そして久志さんの腕から抜け出した。 決して嫌じゃない。嫌じゃないけど、颯太の方へ行きたい気持ちがあって。恋人なんだし、久志さんもわかってくれるはず。 ただ羞恥と久志さんの前ということもあって、少し距離を離して颯太の隣に座った。すると颯太は無言で僕の腰を引き寄せる。 「俺がいない間、何もしてないだろうな」 「さぁて。亜樹ちゃんとおれは仲良しこよしだからな」 「は? 何それ。いい歳こいたおっさんが」 「おーおー、颯太はおれに厳しいったらないぜ。亜樹ちゃんから何か言ってくれよ」 「えっ」 腰に回る腕や颯太の体温が心地よくて浸っていると、急に僕に話を振られて驚く。 とりあえず颯太の顔を見上げた。 「んと、颯太……あまり久志さんに冷たくしちゃ、だめだよ……?」 頭にはてなマークは浮かんでいただろうけど、一応注意してみた。 冷たいより温かい方がいいと思う。ただ颯太の場合、ちゃんと久志さんに対する優しさは持っているだろうけれど。 だからこれは少し悪戯心も含まれている。これで颯太を困らせてみたいなって。 「久志さん? なんで下の名前で呼んでるの、こんな短時間で」 「あ、あのね、呼んで欲しいって、言われた」 「亜樹、この人の言うこと何でもかんでも聞いちゃだめだよ。ふざけてることもあるんだから」 ほんの出来心が想定外の方へいってしまう。諭す颯太を上目で見つめた。 「ご、ごめんなさい……」 颯太が軽く溜め息を吐いた。 機嫌を損ねてしまったかもしれない。僕がよく考えず、断ることもできず、曖昧な態度を取るから。流されてばかりで、颯太を怒らせてしまった。 「ごめん、亜樹。そんな顔しないで。怒ってるわけじゃないから。亜樹は悪くない」 「颯太……」 颯太が僕を優しく抱き寄せる。髪の毛に指を通して、もう片方の手で背中をさすってくれる。 人前だけど大人しくその胸に顔を埋めた。颯太の匂いや逞しい体に包まれてすごく安心する。 「大事にしてんなぁ」 「そう。だから変なこと吹き込むのはやめろ」 「いやいや、おれは本当に呼んでほしかったんだよ」 迷いのない返答に胸を打たれる。 胸の隙間から視線を上げると、颯太は久志さんを軽く睨んでいる。 僕は嫌じゃないから平気だよって言った方がいいだろうか。颯太は僕が気にしないならきっと何とも思わない。

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