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ここから一歩16
「あの人と何話してたの? 変なこと言われなかった?」
追いついた僕に開口一番そう言った颯太。
「うん。大丈夫だよ」
「そう。ならよかった」
返答に微笑みを浮かべるとドアを開ける。ティーカップ二つを片手で器用に持ってしまうんだからすごい。
「お邪魔します……」
颯太の後について部屋に入る。
どんなものか期待して入った部屋は、驚くほど殺風景だった。
ベッドと小さな丸テーブルしかない。ラグは引かれているが、クッションなどはなく、引っ越してきたばかりに見えてしまう。棚の類は見えないからクローゼットの中に持ち物が入りきってしまうのだろう。
生活感のない部屋。それが第一印象。乱れのないベッドもそれを助長している。
どうしてこんなに物が少ないのだろう。
「クッションとかなくてごめんね。ラグの上に座ってもらえる?」
「うん……平気」
丸テーブルの下に引かれたラグの上に直接座る。クッションがなくても十分お尻には優しい感触だった。
部屋のことを聞いていいか不安だったから、とりあえず颯太が入れてくれた紅茶を手に取る。猫舌だからゆっくりと口に含んだ。
「美味しい……」
「あの人飲まないくせになぜかいい茶葉買ってくるんだよ」
「そうなんだ。久志さんって色々と面白い人だね」
「話すとき緊張しなくていいでしょ」
「あ、うー……うん」
「あの人には気を遣わなくていいの」
颯太は楽しそうにけらけら笑う。
それは颯太には気を遣えってことかな。
なんて意地悪な考えが浮かんできて、自分に嫌悪感が生じる。
颯太はそんなこと思わないとわかっているのに、深く考えすぎてしまう。嫌われたくない気持ちは僕のことをその場に縛り付けてくる。
だめだな、僕。
こんな嫌なやつは颯太に相応しくない。ただでさえ穢いのに。
「あーき」
「……なに?」
颯太は僕の手から紅茶を取り上げてテーブルに置く。
いつもの優しい笑みを浮かべて、ちゅっと額にキスをする。それから僕のことを抱き寄せた。
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