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初めてのデート9
乗り込んだ電車内はかなり混んでいた。乗り込むのがやっとで奥に進むことができない。背がそこまで高くない僕は、ぎゅうぎゅうと押し潰されて息苦しい。
右も左も人やカバンが押し潰してくる。誰のともわからない息がかかったり、空気がただただ篭っていたり。
だから満員電車は苦手だ。
早く目的地に着けばいいと願っていたら急に引っ張られて隙間ができる。パッと顔をあげれば、やっぱり颯太だ。
僕を壁際に追いやって腕で囲ってくれている。そのおかげでかなり楽。
「……ありがと」
「いいえ」
楽なのは楽なんだけど……距離が近い。
僕が押し潰されないようにしてくれているから、颯太は猫背になっている。だから顔がほぼ真横だ。それこそキスできてしまいそうな。
……少し恥ずかしい。でもそれ以上に嬉しい。
公共の場でこんな近づけるなんて、満員電車もいいところあるかも。
我ながら現金な人間だ。
密かに嬉しく思っていると、手が握られる。驚いて颯太を見つめたら、『大丈夫』とその口が動いた。
この時の僕は怯えていたのか、なんなのか。とにかく颯太の熱が安心材料になって心地よくて。
ただ上から包まれるだけの手を捩り、するりと指を絡めた。
恋人つなぎっていうのかな。これくらいは僕も知っている。
視線だけをちらりとあげる。颯太は驚いたような表情だったけど、すぐにふわりと微笑んだ。その手に力がこもる。
そうして僕らは電車を降りる時まで秘密の甘さに浸り続けた。
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