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不穏の気5
…………何も思い浮かばない。
学校でずっと考えても無理だった。颯太の家のソファに座っている今も、名案は思いつきそうにない。
リュックの中からスマホを取り出して、ぶら下がるリスを眺める。
「僕、どうしたらいい?」って心の中で問いかけても、つぶらな瞳と視線が絡むだけ。
相談できる相手がリスだけとは、我ながら虚しいことだ。
「あーきちゃん」
「わっ! ひ、久志さん!?」
ソファの背もたれを超えてぬっと顔が飛び出してくる。
どうして平日なのにいるのだろう。それよりも今のリスとの様子を見られていたらどうしよう。というか誰もいないと油断して浮かない顔もしてしまっていたし……。
「ど、うしているんですか……?」
「今日はちょっと用があってな。店は休みにした」
「店……?」
「そ。おれ飲食店経営してんのよ。つってもただのバーだけど。昼はカフェ」
「すごいですね……!」
会社員とかではなくて自分で経営。僕にとってそれはすごいと思えることだ。
久志さんの風貌からして誰かの下で働くより、自分で経営する方がしっくりくる。しかもバーだなんて。
マスターって言うのかな。きっと会話が弾んで楽しいだろう。
「すごかねぇよ。亜樹ちゃんは褒め上手だな」
「本心ですっ……」
「そうか、そうか」
久志さんは楽しそうに笑って僕の頭を撫でる。完全に子ども扱いだ。僕は本当にすごいと思っているのに。
店の責任を一手に背負うとか、従業員を保証するとか、すごいことだ。
「おっ、そうだ。せっかくだし今夜は手料理ふるまってやろうか? おれ夜には帰ってくるし」
「あ……でも、あの、今日は颯太が作ってくれるって……」
そうなのだ。調子が悪いなら代わりに夕飯を作ると颯太が言ったので、今日は颯太の家に来た。そしてその颯太は食材を取りに行くと地下に行ってしまった。
何でもこの家には地下があるらしい。そこに食材が溜まっているとか。
カフェとバーをやっているくらいだから、久志さんの料理は美味しいのだと思う。だけど颯太の好意を無下にしたくない。あと颯太の手料理を食べてみたい。
不快にさせない断り方はどんなものだろう。
一生懸命に考えても対人経験の乏しい僕には思いつかない。
「なーるほど。おっさんなんかより恋人の料理か。そりゃあそうだ」
「や……そんなことはっ……」
「わかってるって。じゃあまた次の機会にな」
「……はい。お願いします」
「んで?」
……"んで"?
さらりと会話の最後に付け足された、"んで"。僕にはこれ以上話すことはないのだけど……。
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