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不穏の気6

僕が首を捻っていると久志さんはソファを回り込んで隣に座る。 「亜樹ちゃんは何をそんなに悩んでんの?」 「えっ……いや、悩みなんて、ないです……けど……」 「ふぅ〜む」 いつものように笑んだ口から発せられた言葉。妙に視線を逸らせないまま僕はなんとか返事をする。 すると久志さんは何やら口元に手を当てて悩み始める。 そうやって一瞬離れた視線だが、すぐに僕へと戻ってきた。 「おれに対してならいいんだけどよ、颯太にもそうならあいつはつれぇぞ。亜樹ちゃんの性格を考えたらわからなくもねぇが」 どういう、ことだろう。 久志さんの言葉が飲み込みきれない。重ねて尋ねようとしたらリビングのドアが開く。 「またいる」 手に野菜を持った颯太が溜め息を吐いた。 「おーおー、怖い用心棒が来ちまった」 おどけたようにそう言って久志さんが立ち上がる。ローテーブルに置いてある車のキーを手に取った。 どうしよう。久志さんはもう行ってしまう。さっきの言葉の意味、聞かなきゃ。 そう思うのにキッチンに野菜を置いた颯太が僕の方へ向かって来る。久志さんはそのまま行ってしまう。 どうしよう、どうしたら。 そう焦った僕に、 「あーきーちゃん」 「は、はい」 久志さんは背を向けたまま声をかける。 「誠実な言葉ってのはいつでも心に響くもんよ」 「……へ?」 返ってきたのは全然関係ない言葉。でもなぜか胸にしっかり残る。 久志さんはキーを指先でくるくる回しながら出て行った。 「何、あの人。いきなり」 「……んね。僕にも、わかんないや……」 颯太が呆れながら隣に座る。それから僕の腰を引き寄せて、僕の頭を肩に乗せる。 「亜樹、めまい平気?」 「うん。よくなったよ」 「そう。よかった」 心地よさそうに目を閉じる。 だけど頭の中ではさっきの久志さんの言葉がぐるぐる回っている。 誠実な言葉は心に響く。 久志さんの込めた意味がどんなものにせよ、これが今の問題を紐解くヒントになりそうな予感がして……。 清水くんの言葉や表情、クラスのみんなの様子を思い浮かべる。 「……そっか」 「ん? 何が?」 「あっ……いや、ずっと悩んでた数学の問題の答えがわかって」 「もう。俺といるときに数学?」 「ごめんなさい……」 「いいよ。許してあげる」 顔が見えないように颯太に抱きつく。それから甘えるようにぐりぐりと額を擦りつけると、嬉しそうな声音の颯太が頭にキスをくれた。

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