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対立3
まず僕は久志さんに言われるがままお風呂に入った。それからできる限り小さめの服を借りて、着た。それでもぶかぶかだったけれど。
お風呂の後、とりあえずソファに腰掛ける。
「ほい。飲んでみ」
すると久志さんからマグカップを手渡された。中に入っているのはホットミルクだ。
一口、すする。
ミルクの甘さの中に、仄かな蜂蜜の風味が感じられる。じんわりと温かさが胸のあたりに広がっていく。
気づいた時には、もう涙を零していた。
「ひさ、しさん……どうしよ……ぼく……」
マグカップをぐっと握ってひたすら涙を溢れさせる。
颯太とはもうおしまいなのかもしれない。そんな絶望が心を包んで締め付ける。
「そう、たと……喧嘩して……酷いこと、言った……」
自分の言ったことを思い出して、言われたことを思い出して。
確かに僕はいつも遠慮ばかりで、颯太のことを信頼していないように見えたかもしれない。嫌われたくないという心ばかり働いて、結局颯太を傷つけたかもしれない。
僕はいつも自分のことばかりだ。自分を守ってばかり。
「嫌われて……たら、どうしよう……」
嗚咽交じりに告げると、久志さんは僕の肩を抱き寄せた。
颯太とはまた違った匂い。大きな体は大人ゆえの頼もしさみたいなものを感じる。
「あいつが亜樹ちゃんを嫌うなんてありえねぇよ。あいつはな、大人びて見えても、まだガキなんだわ。だから意地張っちまっただけだ」
「そ、んなの……わかんな……」
「いーや、わからなくない。知ってるか? あいつ亜樹ちゃんに出会ってからすっげぇ変わったんだよ。淋しそうなやつだったのに、今やいつでも幸せそうだ」
「しあわ……せ……?」
思わぬ言葉に僕は久志さんを見上げた。涙に濡れた瞳のせいで、久志さんの顔はぼやけている。
「そう。おれは亜樹ちゃんみてぇにあいつを笑顔にゃできねぇが、亜樹ちゃんより少しだけ長くあいつを見てきたからよ」
「わっ……」
久志さんは大きな手で僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
不思議と久志さんの言葉には説得力があった。
「ちゃんと二人で話せよ。誠実な言葉は心に響くって言ったろ。たとえどんな内容でも、亜樹ちゃんの想いを颯太はわかってくれるさ」
……そうか。
久志さんが言いたかったのは、こういうことだったんだ。颯太に話しづらい内容でも真面目に話せば、誠実に伝えれば、理解してもらえる。
「はい……。ありがとう、ございます……」
「あーあ。こんなとこあいつに見られたら怒られちまう。亜樹ちゃん抱きしめちゃってよお。おれは嬉しいけどな」
「ふふっ……そうですね」
涙を拭いながら笑ってしまう。
もう僕の心には殆どおもしは残っていなかった。
この日はそのまま久志さんの部屋に泊めてもらった。次の日の朝は早めに起きて家に帰り、準備を整えた。
少し軽い足取りで学校へ行く。今日も颯太とは一言も話していないが、放課後にちゃんと話し合おうと思う分、気分は楽だった。
だから事件が起きようなどとは、思いもしなかったのだ。
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