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対立6
「亜樹を探していた。来い」
あの人が僕に近づいてきて、僕に触れようとする。僕は咄嗟に手を振り払ってしまう。
その行動に後悔や恐怖を抱く前に、言葉が出ていた。
「……いや……です……」
「何故だ」
「ぼく……には、颯太が、いる……」
もうそれが本当かどうかはわからないけれど。
でもこれ以上、辛いのは嫌だった。今でいっぱいいっぱいなのに、その上穢されてしまったら、壊れてしまう。
僕は、僕で無くなってしまう。
「そうやってお前もあいつの名を呼ぶのか」
苛立ったように彼は言って僕の腕を掴む。
「いいから来い」
「いやっ……やめてください!」
「それ以上抵抗するなら、わかるな?」
もがく僕に彼はぴしゃりと言い放つ。
その言葉で、一瞬にして現実を思い出す。
僕には抵抗する権利など、ない。
一気に大人しくなった僕。
彼はそんな僕を引っ張っていく。
生徒会室まで行くことすら焦れたのか、階段下のひと気のない場所に僕を連れ込む。マットがそこに置いてあった。押し倒される。
するっと彼の手が首筋を辿り、ネクタイに当たる。それを外したあとは、ワイシャツのボタンに向かう。ぷちぷちと外されていくそれに、僕は黙って耐えることしかできない。
言い表せないほど大きな嫌悪が湧いて出てくる。
「随分と愛されているようだな」
彼が鎖骨の上あたりを撫でる。どうやら初恋騒動の時のキスマークが残っていたようだ。
「忌々しい」
「……いっ!」
するとそこに爪を立てられる。容赦なく突き立てられ、思わず涙が滲んだ。
なんだか物凄く苛立っているみたいだ。今日は会った時からずっと。
彼は爪をどかすと今度は労わるように爪痕を舐める。僕は抵抗の声を上げないように、唇を噛んで口を手で押さえた。現実を拒絶するように瞳を閉ざす。
その間に彼は、キスマークに唇を寄せる。
あ、上書きされてしまう。
そう察して、悲しくなった。
『颯太』と口の端から漏れそうになって、慌てて手の力を強める。
颯太はこんなところに来ない。もう僕のところへなんか来ないんだ。
でも考えてみたらそれでいい。こんな穢い僕を知られずに済むのだからーー
「亜樹!」
目を見開く。
恐る恐る声の方へ視線をやる。
そこには、いるはずのない人がいる。
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