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片影5

そして放課後、僕はまた颯太の家の前にいた。チャイムを押すと家の中からドタドタと足音が聞こえた。 ガチャッとドアが開いて、久志さんと目が合って、不思議そうな顔を向けられる。 「あり、亜樹ちゃん?」 「すみません、昨日の今日で」 今日の久志さんはちゃんと髪の毛を結んでいた。いつも通りの、久志さんだ。 「どうした? すまねぇがこっちは何もわからなくてよ」 「いえ……。あの、捜索願いを出してみたらって……思ったんですが」 「捜索願い?」 久志さんは可笑しそうに笑みを浮かべながら、頓狂な声をあげた。 「いやいや、大丈夫だって。じき帰ってくるさ」 「でもこんな長くいないんですよ? 何か起きてる可能性も、」 「あいつに限ってそれはねぇって。大丈夫だよ。亜樹ちゃん」 「でも……何かあってからでは……。やるのと、やらないのなら、やった方がいいかと……」 「いんや。そしたらあいつが帰って来た時に迷惑がるって。怒られるのは俺なのよ?」 久志さんはいつものように笑って、僕を茶化して、取り合おうとしない。 なんでそんなに笑っていられるのだろう。いつも通りなのだろう。焦りが怒りに変わりそうだ。 でも、久志さんはきっと嘘が得意だ。空気を変えるのがうまいなら、さりげなく隠すのだって上手そう。笑顔とかふざけた風の口調で、うまく取り繕っていると思う。 これは僕の勘だけど、そんな気がするんだ。 ずっと言いようのない不安が続いている。久志さんに会うとなぜか違和感もつきまとう。 こういう感覚には従った方がいいはずだ。 僕は久志さんに一歩近づく。 「久志さん、真剣に聞いてください。僕、颯太が心配なんです」 「亜樹ちゃんは心配性だもんな。だけどあいつはひょっこり帰ってくるさ」 「でも、最近颯太はずっと真面目だったのに、急に何日も帰らなくなるなんてやっぱり……」 「だーいじょうぶ。おれに任せとけ。何かわかったらすぐ教えるし」 そう言って久志さんは僕の頭を撫でる。大きくて、普段なら頼もしい感じがして、温かくて。 でも今日は冷たい。 僕はその手を頭から剥がして握った。 強く、強く。 「一人の力で、どうにかなりますか……」 「考えすぎだって」 「仕方ないです。颯太のことですから」 「ははっ、颯太こんなに愛されちゃって、羨ましいなあ」 「久志さん!」 きんっとその場に僕の声が響く。 言ってから咄嗟に口元に手をやる。かなり大きな声だった。こんな大声を出すなんて、初めてかもしれない。 久志さんも目を丸めて僕を見ていた。 「亜樹ちゃん、一旦帰りな。落ち着いてからまた……」 「颯太がいないのに落ち着いてなんかいられないです」 いつもより少し低めの声の久志さんを遮ってしまう。 普段なら相手の迷惑を考えて尻込みするはずなのに。 でも、もうだめだった。颯太と離れている時間が長くて、気持ちは限界だ。 蜘蛛の糸、一本で、繋がっているよう。 それは決して登れば救いに繋がるものなんかではない。 口を引き結んで、強い眼差しで、久志さんを見つめる。 そのまま動かずにいると、久志さんは諦めたように溜め息を吐いた。希望を掴みかけた瞬間、久志さんは僕の肩を柔らかく押す。 「とりあえず帰ってくれ。すまねぇな」 その言葉とドアが閉まるのは同時だった。 「久志さんっ……」 慌てて追いすがっても時既に遅し、だ。 ドアにぺたっと当てた手がずるずる力をなくして落ちていく。 「どうして……なんで……」 わからない。なぜ久志さんはこんなに頑ななのか。なぜ何かを隠しているようなのか。 颯太と久志さんは容赦なく言葉をぶつけ合っているけれど、信頼し合っているように見えていた。だから、心配してるって言葉は、本当のはずなのに。 僕の脚は今にも折れてしまいそうだ。気を抜けばすぐにでもへたり込んでしまう。 だって、どうすればいい。こうなってしまっては、僕にはどうすることもできないじゃないか。 溢れそうな涙を、必死に押し止めた。

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