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片影9

○ ● ○ そっと上を見る。 目の前には格式高い生徒会室というプレート。深呼吸をしてドアをノックする。「失礼します」と言って僕は中に入った。 視界にはもう見慣れてしまった豪奢な室内。幸い会長しかいなかった。 僕は静かに近づいていって前に立つ。影に気づいて会長は視線だけ上げた。真っ黒な瞳が僕を見る。 「この間はありがとうございました」 「そのようなことのためにわざわざ来たのか」 「用件はもう一つあります」 「もう二度と話しかけるなと言ったはずだが」 僕らの淡々とした声が室内に響く。森閑とした雰囲気がこの場を包む。 不思議なことに会長の前に立っても、睨まれても、怖くなかった。それは会長の雰囲気からかもしれない。 この前は気づかなかったが、会長はすごく弱々しく見える。見た目はいつも通りだけど、ちょっと押したら崩れてしまいそうだ。 誰にも見てもらえなくて、助けを与えてもらえなくて、途方にくれている。小さな、小さな、子供のよう。 「すみません。でもどうしても聞きたいことがあるんです。颯太のことで」 颯太という名前に会長の眉が一瞬動く。だけどそれ以上は何もしなかった。組んだ手に顎を乗せて僕を見るだけ。 「今、颯太はどこにいるかわかりません。会長は知り合いのようですが、どこにいるか知りませんか?」 「答える義理はない」 二つの黒が揺れた後、すぐに伏せられる。 「……なら、心当たりがあるということですか」 「そうとは言ってない」 「ほんの些細なことでいいんです。教えてください」 会長が僕を見ることはない。 僕の手は自然と拳になった。 「帰れ」 「帰れません。お願いします」 「二度は言わない」 「九条会長……」 粘る僕に苛ついたのか、会長は立ち上がる。つかつかこちらへ寄って来たかと思うと、胸倉を掴まれた。そのままソファへと押し倒される。 「言うことを聞かなければまた犯すぞ」 吸い込まれそうな漆黒が僕を睨みつける。 前の僕なら震えて声など出せなかっただろう。そもそも自ら話しかけることすらできない。 でも今はどうにも怖く思えない。僕が変わったというのもあるだろうし、やはり今の会長は子供みたいだ。 本当はとても怯えているのに、それを悟られたくなくて相手にすごむ。虚勢を張って、睨んで、自分を守る。 僕は会長を睨み返した。 「……犯せない。今のあなたに、僕は、犯せない」 僕の初めての反撃に、会長は眉一つ動かさなかった。だが僕はそれで折れたりしない。 僕と会長は睨み合い続ける。 怖くなければ、目を逸らさないことは造作もなかった。 そのまましばらく時が流れた。 先に折れたのは、会長。 小さく息を吐いて僕の上からどく。机を挟んだ向かいのソファに深く座った。 「いいだろう。教えてやる、あいつのことを」 僕は体を起こして、会長を見た。 会長の口が開いて、言葉が紡がれる。 「あいつは……颯太は、九条家の一人息子だ」

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