149 / 961

別離こそ3

「とにかく俺は跡取りとしてここに戻ります。俺でいいのなら、ですが」 「そうでなければなぜお前はここにいる」 「……柊の何が不満なんです」 白い天井をじっと見つめる。どこから俺を見ているのかはわからない。 「あいつは秀才、お前は天才」 「それで見切ったと。残酷ですね」 「発端はお前だ」 「それもそうですね」 柊は昔から優秀だった。そしてとても真面目。だが俺と比べれば、俺の方が上になってしまう。 俺だって努力をしていなかったわけではない。だが柊の方がその量は多い。しかし成績は俺の方がいい。 元より分家の久我は九条のおまけと考えられるせいもあり、柊の家族はまず柊を責め、次は俺に当てこすりを始めた。 そのせいで柊は俺を憎み、疎んでいる。 それなのに俺が逃げたせいで跡取りに据えられ、あっさり落とされた。結果的にはそうなってしまった。 俺は柊と仲良くしたいと思っていたし、過去には実際それを試みた。 今でも柊に負の感情はない。亜樹にしていたことに対して複雑な感情はあるが、今はもう過ぎたこと。だからこの手段はできればとりたくなかった。 でも亜樹を守るには、こうするしかない。 「亜樹に手を出さない限り俺は従います。もし何かしたら、自殺します」 「お前も馬鹿になったものだ」 「仕方ないです。愛してしまったんですから」 大切なものなど作らないと誓ったはずだった。でも運命というのは残酷で、亜樹と出会ってしまった。 だが後悔は微塵もない。 亜樹と出会わなければこんな温かい思いを知れなかった。亜樹との思い出があれば、冷たい九条の中でも、ずっと生きていける。 「面白いものだな。わかっていると思うが、渡来亜樹とは……」 「はい。もう会いません。その時間もないでしょう」 「そうだな。ではお前をここから出そう。もともと今日出すつもりではあったが」 父の声に一瞬愉悦が混じる。こういう時は何か企んでいる時だ。どっちにしろ身構えることしかできないが。 壁が音もなく開いて、黒服の男が姿を見せる。俺によく付いていた人だ。名前は知らない。声も聞いたことはない。 男が俺を見て、身を翻す。黙って付いて歩いた。 部屋を出た途端、久しぶりの色が俺を包む。廊下は大抵どこも深めの茶色だった。懐かしさを抱きながら進む。 すると、急に男が左へ曲がる。父の部屋へ行くならまっすぐ行った方が早いはずだ。 怪訝に思ったが、何も言わずについていった。確かこっちは玄関がある。 長い廊下を歩き続け、一つのドアに辿り着く。そこを出ると一気に空間が開けた。 九条家の玄関はまるでどこかの城のようだ。見上げるほどの高い天井。それから横に長い階段が何段も続き、これまた廊下のように伸びる踊り場に繋がる。 俺がいるのは踊り場。 男はその踊り場を突っ切っていく。それに従っていると、玄関の扉が大きな音を立てて開いた。 「ーー颯太!!」 そして一番聞きたくない声が、俺を貫く。

ともだちにシェアしよう!