154 / 961
傷つくほどに2
「大丈夫か? 渡来」
どうして清水くんがいるのか。わからなくてじっと彼を見つめてみる。幻ではないと思う。
だって清水くんが僕の両肩を掴んでいる。その感触を感じているから。
「昨日はリュック置いたまま帰っちゃうし、今日も休んだから心配で、先生に住所聞いて来た。玄関の鍵開けたままだったぞ。どうしたんだよ」
清水くんは僕に問いかける。
どうした。今までどうしていたか。何が僕に起きたのか。
ゆっくり、ゆっくり、考えて。
ゆっくり、ゆっくり、思い出す。
「……そうた……に、あった……」
「間宮に? じゃあ見つかったってことか!」
清水くんの顔が輝く。瞳は煌めき、白い歯を見せ。まさに満面の笑みだ。
その表情が、痛い。
「…………って、いわれ、た」
「ん?」
「わかれようって……いわれた……」
「……は?」
無意識に清水くんの手の力が強まる。指が食い込んで少し痛い。
胸に比べたら、全然平気だけれど。
「ぼくは、いらないって……じゃまだって……いわれ、た……」
「何、言ってるんだよ。そんなこと……」
「ね、しみず、くん……いたい……」
「渡来……」
清水くんの顔が見えなくなっていく。颯太の顔がが、あの冷たい目が、浮かんでくる。
あの目を見たら、心が、冷えたんだ。
颯太の言葉で、心が、崩れたんだ。
ガラ、ガラ、って。
どうして、捨てられたの。
何が、いけなかったの。
ねえ、颯太。そうた。
「いたい、よ……くるしい……、むね、が……」
「なあ、渡来っ……」
目の前の何かを掴む。手にぎゅっと力を入れる。
「いたい……くるしい……くるし、い……」
「渡来! 俺じゃっ……」
大きな声が聞こえて、視界が変わる。
清水くんだ。清水くんがいる。
そうだ、今、僕の家に、清水くんがいるんだった。
清水くんは何か言いかけた口をハッとして噤んだ。
「清水くん……?」
何を言いかけたのだろう。俺じゃ、なんだろう。首を傾けると、清水くんは、笑った。
すごく、すごく、辛そうに。
なんだか今にも泣いてしまいそう。どうして、清水くんが、泣きそうなんだろう。
「渡来は、馬鹿だなぁ」
「……え?」
清水くんに体を引き寄せられる。背中に手を回されて、抱きしめられて。
咄嗟に離れようとした僕を更に清水くんはきつく抱きしめる。もう咎める相手もいないし、気力もないし、諦めて僕は大人しくする。
「間宮が好きすぎて、何も見えてないんじゃないの? あの間宮が、渡来のこと捨てるわけないじゃん」
「そんなの、わかんな……」
「わかる。だって渡来を守るために悪役演じきるやつだぜ? どうせ渡来への態度も演技なんだって。それも渡来を守るためとかさ」
清水くんの声はちょっと震えている。でもとても温かくて、するり、するりと胸に落ちてくる。
「でも……」
「大丈夫だって。お前らは別れない。俺は、ずっと、見てきたんだから」
「しみず、くん……」
ポンポンと一定のリズムで清水くんは背中を叩く。心地よい男声は耳を通り抜け、温もりは僕を包みこむ。
信じても、いいのだろうか。
ううん、信じたい。
まだ、可能性が、あるのなら。
「大丈夫。大丈夫、渡来……」
「しみず、ぐ、ん……」
視界がぼやけて、鼻がツンとして、あっという間に涙が零れる。きつくきつく抱きしめてくれる体に身を委ねて、僕はボロボロ涙を溢れさせた。
みっともないくらい声を上げて、ずっと溜まっていた毒素を抜くかのように。
たぶん、颯太、颯太って何度も呼んだ。その度に大丈夫だよ、亜樹って声が返ってきた。
その声に安心して、僕はずっと泣き続けたんだ。
ともだちにシェアしよう!